Fugitive 51


一緒についてきていた加賀山の部下に命じて電気系統の一部をショートさせ軽い小火騒ぎを起こさせると、やはり後ろ暗いところのある弱みか、料亭内は大騒ぎになっていた。
「とにかく、火を消せっ! いいな、くれぐれも先生方にはご心配をかけさせるな!」
「判りましたっ!」
とても料亭の主とは思えないような厳つい男が、やはりこれまた料亭の下働きとは思えそうにない男達に指示を出している。
恐らくはその男がここでの責任者なのだろう。
大雑把に事態の収拾を命じると、慌てふためく仲居や料理人たちを突き飛ばしながら事務所らしい部屋に入っていった。
それを物陰から見張っていた加賀山と裕司は、目配せをしてタイミングを見計ると、
―― バタンッ!
転がり込むように部屋に入り、男に銃を突きつけた。
「だ、誰だっ、貴様っ!」
「おーっと、動くんじゃないぜ。脳天に風穴開けたくないだろ?」
「なっ…」
口調はあくまでも軽いが、向けられた銃口と視線が本気だと語っている。
流石に男もそれには気がついたようで、すぐに大人しくホールドアップした。
「なんだ、お前達っ! 何が目的だ?」
それでもなんとかドスを利かせるように尋ねるが、どうやらこの男は、身体は厳ついがどちらかといえば事務方なのだろう。
ごくりと唾を飲み込みながらの震える声では、効力などあったものではない。
そもそも、普段から龍也のオーラを見慣れている加賀山や裕司にしてみれば、この程度は蚊が刺すほどにも感じないというものだ。
だから、
「質問の優先権はこっちにあるんだよね。この状況、判ってる?」
確かに銃は持っているが、敵陣の真っ只中であるにも関わらず落ち着き払ったというよりも、更に人を喰ったような態度の加賀山である。
それがただふざけてというのではなく、嫌でも感じる絶対の自信からともなれば ―― 只者でないことは明らかだ。
そう悟った男は、それでも何とか対面をつくろうように震えながらも胸をそらすと、
「な、何が、聞きたい…んだ?」
そう尋ねながら目の前の加賀山と裕司を見定めた。
体格からすれば、どちらもごついというよりは、寧ろ細身で弱そうだ。
だが、銃を持っても別段力が入っているというわけでもなく落ち着き払っている様子をみれば、恐らく同業者 ―― それも、ランクは上と見て間違いないだろう。
この世界、喧嘩を売る相手を間違えば、その瞬間が命取りになるというものであるから、長生きの秘訣はそれを瞬時に見分けることでもある。
それを判っているらしく、
「俺たちが用があるのは、ここのヒミツのパーティルームでね。ちょっと案内してくれると助かるんだけどな?」
そんなことを軽く尋ねると、男は銃を突きつけられていることも忘れて驚いた。
「な…なんでそれを、貴様っ!?」
「それはアンタには関係ないね。案内する? それとも、死体になる?」
―― カチッ
喉元に突きつけながら加賀山がスライドを引くと、ドッと男の額に汗が浮かぶ。
「アンタが教えてくれないなら、他のヤツに聞くけど…?」
それは暗に役に立たないのなら始末をしていくというようなもので、男は慌てて応えた。
「わ、判った。お、教えるからっ!」
「いや、物分りのイイヒトで良かったなー。お互いにとって、な」
そんなことを愛想のいい顔で言われても、男にとってはありがたくもないところだろう。
怒鳴られたり、凄まれたりするのであれば慣れている。
だが、こんなに愛想よく言われることが、心底恐ろしいと思ったのは初めてだった。
そう、恐らくこの加賀山ならば、その手で人を切り刻んでも、ニコニコと笑っていそうに思えて。
それこそ楽しそうに殺していくのだろうと思えるところが ―― 末恐ろしい。
(こ、コイツは…俺のことを人間だなんてちっとも思ってねぇだろう。それこそ、そのへんの虫ケラと同じに位にしか…)
それを思えばまだ裕司の方が人間味のある気がするが、それでも全くの隙もなく銃口を向けられていては、やはり生きた心地はしないものだ。
(コイツら、一体…)
仮にもヤクザの関わる場所である。
そんな所に ―― しかも裏のクラブのことまで知っているともなれば、只者でないのは確かであろうが思い当たる節がない。
この男は、確かに表の料亭の管理と秘密クラブへのツナギを任されてはいたが、所詮は下っ端である。
そのため、片岡組とのいざこざのことも知らされてはおらず、襲撃されるなどとは予想に模していなかったのが不運だった。
尤も、それを知らされていてもまさかこんなに早く手が打たれるとは、誰も予想していなかったであろう。
だから、
「じゃ、頼むわ。くれぐれも変な気は起こさないでくれると助かるね」
死体に案内させる特技は持ってないんだよねと、にこやかに話す加賀山に、男は言い知れぬ恐怖を感じ、絶対に逆らうまいと内心で誓っていたのだった。






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初出:2007.02.25.
改訂:2014.11.03.

Studio Blue Moon