Fugitive 52


秘密の通路は事務所の脇にある階段を降りた先に存在していた。
一見、物置としか思えないような薄汚い部屋であるが、その隅にあるスイッチを押すと壁がスライドするようになっており、そこにはレトロ風な鉄格子のエレベーターが設置されていた。
「こりゃあ、随分と手が込んでるな」
「だが、これじゃあ、下についたらバレバレだぜ?」
鉄格子ということは、下についた途端にそこに乗っている者が誰かは丸見えだと言うことになる。
流石にこの男 ―― 名前は白居というらしい ―― を盾に取っているとはいえ、それはやはり拙いかとも思ったのだが、
「いや、その心配はない」
ここまで案内してきた白居はそう応えると、理由も説明した。
「ここの客は皆人目を忍んでくるからな。廊下にはなるべく人を置かないようにしているんだ」
実際、一見の客などありえないから、エレベーターまで白居が客を案内すると、そこから先は、前もって「契約」した鍵の部屋に客が自ら向かうことになっており、部屋に呼ばれない限りはスタッフが姿を見せることはないとのことだった。
おかげで白居自身も、奥の客室には行ったことはないと言うので、
「だが、監視カメラとかはあるんだろ?」
「ああ、それはあるが…設置されているのは室内だけだ。廊下やエレベーターにはつけていない」
「部屋だけ?」
何故部屋に?と思った裕司だったが、その意図するところをすぐに察すると、呆れたように苦笑した。
つまり、監視カメラはセキュリティの意味で付けられているのではないということだ。
そう、それは中の客がどんな風に遊ぶのかを録画しておくためということで ―― 如いてはそれで更に脅迫でもして、金を巻き上げようということなのだろう。
「随分と阿漕な真似をしてるんだな。上客相手に、よくそれでやっていけるもんだ」
「いや、それはあくまでも保険で…金回りはどの客もしっかりしてるから、揉めたことはないはずだ」
「フン、偉そうなことを言ってるんじゃねぇよ」
まるで自分の手柄のようにいう白居だが、実際に客の相手をしているのは幸斗のような無理やりつれてこられた者ばかりのはずだ。
それを思えばこの男も所詮は同類で ―― 吐き気がするほどに憎らしく思えてくる。
しかし、
「まぁいい、とりあえず、部屋に監視カメラがあるなら、それを制御している場所があるはずだ。その場所くらいは知ってるんだろう?」
実際にどのくらいの規模かは想像でしかないため、虱潰しに幸斗が捕まっている部屋を探すのでは手間がかかる。
だから手っ取り早く見つけるにはその制御室が早いと踏んだのだが、
「だが、あそこは安原さんがいるはずだぜ?」
「何?」
安原といえば金光組の幹部で、今回は色々と裏で手を回していることも気がついていた。
そう、向野と茂木を潰してのし上がろうとしているとか、このクラブの実質的な支配者であるとか ―― 。
だから、
「そりゃあ、好都合だ。是非、ご挨拶させてもらおうか」
裕司にとってみれば、安原こそ幸斗を苦しめている張本人である。当然、生かして逃がす気などは微塵もないところだった。



安楽椅子にふんぞり返ってモニターを見ていた安原の耳に、突然、けたたましい警報が飛び込んできた。
―― ジリリリリ…!
「な、何だっ!」
この部屋には安原のほかには誰もいないため、それに応えてくれる者もいるはずがない。
だから、すぐさま内線の受話器を取って、警備を任せている部署にかけた。
「俺だ! 一体何事だ!?」
『判りません。ただ、先程表で先程ボヤがありまして、そのせいで消防がこちらに向かっているそうです』
「何だと? 馬鹿野郎が。すぐになんでもなかったと言って追い返せ。それと、念のため、先生方を裏から逃がすんだ」
『はいっ、判りましたっ!』
だが、既にモニターの中で淫らな遊戯に耽っていた者たちも慌てた様子で、かすかに廊下の方にも何事かと騒ぐ声もする。
「くそう…」
幸い今日は客の数も少ないが、それでもやんごとない社会的地位のある者もいるはずである。それらに対してこの不始末はかなり痛いところだ。
だが、
「しょうがねぇ。また特別サービスをさせれば何とかなるか」
元々色と欲には目のない連中だ。ちょっと変わった趣向でセッティングをしてやれば、文句は言いながらも何とか納めることはできるだろう。
だが、なんとなくいやな予感めいたものを感じたので、
「念のため、俺も一旦ずらかっておくか…」
そう呟いて、部屋を出ようとドアを開けた瞬間 ――
「幸斗はどこだ?」
目の前に黒い銃口を突きつけられていた。






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初出:2007.02.25.
改訂:2014.11.03.

Studio Blue Moon