Fugitive 55


(幸斗っ!)
モニター室を飛び出して客間のある廊下へ向かうと、そこは突然の警報に驚いて飛び出してきた客やその相手をしていたらしい者達で溢れていた。
流石にこれだけの騒ぎである。
隠れもせずに裕司が廊下を歩いても、誰何を問う声は上がらない。
それをいいことにあたふたと慌てる者達を値踏みして、その中から客とも男娼とも思えない黒服の男を見つけると、裕司はその男を逆手に押さえつけて壁に追い詰めた。
「な、何だ、貴様っ!」
「訓練室ってのは、どこだ?」
喉元を締め上げるように押さえつければ、やはりその男はここのスタッフだったらしい。
すぐに誰かに助けを求めるように視線を泳がせたが、生憎そんなことを気にかけてくれる者はいそうになかった。
それに、
「素直に教えてくれれば離してやる。早くしないと、お前もヤバイんじゃないのか?」
警報が鳴らされたということは、一番に思いつくのは警察の手入れである。
だとすれば確かにここにいればただではすまないことは明らかだ。
そうとなれば、一刻も早く逃げるのが良策というもので、
「わ、わかった。言う、言うよ。この廊下の先を左に曲がった奥だ」
「そうか。感謝する」
それだけ聞き出すと、裕司はその男の鳩尾にきつい拳を叩き込み、先を急いだ。
すると、
(あれは ―― !)
教えられた通りに廊下を進んで左に曲がると、丁度目の前に二人の男が転がるように走ってきた。
そう、この二人には見覚えがある。
つい先程見たモニターの中で、幸斗を犯していた二人だ。
「貴様ら…」
幸斗さえ無事であればあとはどうでもいいと思っていた。
そう、一番大切なのは幸斗だと。
だが、あのシーンを見せられた今、裕司にこの二人を見逃す余裕などありはしなかった。
「…よくも、幸斗を…」
一気に高ぶった感情が頭に上り、無意識に唇を噛み切る。
その血の味を認識した瞬間、裕司の身体は考えるよりも先に動いていた。
「あ…うわぁっ…!」
「なんだ、きさ…ぎゃあぁっ!」
一対二ではあったが狭い廊下ということと、相手もまさかここで襲われるとは思っていなかったという不意打ちだったのが決め手だった。
体術にはそれなりに自信のあった二人であるが、ろくな反撃はできなかった。
特に野村の方は口から血を吐いて白目をむいている。
どうやら裕司によって何本か歯を折られたようで、近くには小さな白い塊が2、3個転がっていた。
一方の福島はそんな相棒の姿に腰を抜かしてそのままズルズルと廊下に沈むと、哀れにも命乞いをするような目でに裕司を見上げた。
「た、助けてくれ…なんでもする…から」
辛うじてしゃべることのできる福島がそう呻くと、裕司は
「幸斗をどうした?」
そう尋ねた。
「まだ…部屋にいる。磯部さんが…」
「磯部?」
「ああ、うちの調教師だ。あの人が…相手を…うぐっ!」
福島には最後までしゃべらせず、思い切り腹部に足を踏み降ろして先を進む。
そして一番奥の部屋に着くと、蹴り上げるようにドアを開いた。
「幸斗っ!」
「ううっ…」
探す手間もない。
裕司が飛び込んだ部屋の中央には、仰向けに寝かされた幸斗の姿があった。
いや、それだけではなく、その部屋の壁といい天井といい、視界に入るところには何処でも幸斗の白い身体が蠢いていて。
それはまるで鏡の迷宮にでも入り込んでしまったかのような錯覚さえ覚えそうだ。
いや、それだけではない。
白い身体に無数の陵辱の痕。だがそれ以上に裕司の眼を引いたのは、あまりにもむごい仕打ちだった。
可愛そうなくらいに立ち上がった雄茎の根元にはめられた金色のリングがあって。
更にそのリングには別の鎖が伸びていて、その先は濡れそぼった蜜口の先端に消えている。しかもそこから伸びる鎖は途中で2本に別れ、それぞれが両の乳首を挟み込むクリップに繋がっている。
更に、
―― チリン…チリン…
幸斗が無意識にもだえる度に、それらに付けられた鈴が可憐な音を奏でるのが酷くアンバランスで。
そんな淫猥な光景に息を呑んでいた裕司だったが、
「おや、貴方は ―― どなたですか?」
全く抑揚のない声がそう尋ね、裕司はゆっくりとそちらを見た。
「お前が ―― 磯部か」
そこにいたのは、きっちりと黒のスーツに身を包んだ細身の男だった。






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初出:2007.03.17.
改訂:2014.11.03.

Studio Blue Moon