Fugitive 57


廊下に出ると、そこはそれこそ蜂の巣をつついたかのような状態になっていた。
何と言っても非合法な組織であって、しかも「客」と呼ばれるものはそれなりに社会的地位のあるものばかり。
そのためこんな騒ぎを気にせずになどとは行かないようで、誰も彼もが浮き足立って逃げ惑っていた。
おかげで、ここでは不審者であるはずの裕司のことも、誰も気にした様子はない。
その腕に一糸も纏わぬ少年一人抱き上げていても ―― だ。
だが、
「幸斗…もうちょっと我慢しろ、な」
流石にこのまま外にというのは拙いだろう。
何せただ裸というだけではなく、幸斗の身体にはまだ艶かしい玩具が取り付けられており、時折ビクッビクッと震えながら身悶えているのだ。
裕司としては、できれば一刻も早く開放してやりたい。
だが先程の磯部も言っていた様に、今開放すれば幸斗の身体はただ快楽を貪り続け、精神さえも冒す危険があることは目に見えていた。
酷いようだが、このまま快楽を制限しておいたほうがまだマシなのである。
しかし、
「…っぁ…はぁっ…も…やだぁ…っ…」
空ろな瞳に涙を浮かべながら、裕司に取りすがって幸斗が懇願する。
幸斗の細すぎる腕の何処にそんな力があるのだろうと思えるほどに掴む爪が、裕司の肩に食い込んで震えていた。
そこへ、
「裕司!」
廊下の曲がり角からちょこっと顔を出して、加賀山が呼んだ。
「こっち、こっち」
そう言って誘うのは ―― 誰もが向かおうとしている方向とは逆で。
「心配ない。こっちにウチの連中を配置して…」
いるから ―― と言い掛けて、裕司の腕の中を見て絶句した。
基本的に、セクシャルなことではノーマル嗜好の加賀山であるが、それでもこの姿は息を呑む。
単に美貌でいうならば、やはり克己には一歩も二歩も適わないだろう。
だが、あちらが高嶺の花である分、この幸斗の姿はまさに隠花植物のように淫らで卑猥だった。
まるで男を寄せては暗い尽くす女郎蜘蛛か、食虫植物。
迷わされる人間の比は、克己を凌駕することだろう。
それぐらいゾクリとするほどの淫猥さが、麻薬のように誘いをかける。
(こりゃあ…やつらが執着して探し回ったのも納得だな)
組織から逃げたにもかかわらず、制裁よりもは連れ戻す方を優先させた理由も納得がいく。
だがそのことを、今ここでとやかく言っている場合ではないだろう。
それに、
「…クスリか?」
既に喘ぎ声を止めることさえできない幸斗は、噛み付きたくなるような白い喉を晒して、それこそこんなに騒がしい状態でなければ、誰もがその場で自分のモノに手を伸ばしたくなるほどの淫猥さを見せ付けていた。
勿論、正気でないことは一目瞭然だ。
「ああ、厄介な催淫剤らしい。できるだけ早く、落ち着く場所を確保してくれ」
だが、そんな幸斗を腕にしながら、裕司の方はいたって冷静である。
但し、あくまでも表面だけで ―― 内心はどんな葛藤の渦が巻いていることかと思えば、立ち止まる時間さえもが惜しい。
「そ…だな。向野組にも連絡を入れてあるから、どっかに用意させよう。とりあえずは…」
できれば裕司の地元、浜松の方がいいことは判っているが、そこまで幸斗が持つとも思えない。
だから、裕司もそこは判っている。
「ああ、任せる」
「じゃ、とりあえず…せめて、ほら」
そう言って丁度ドアの開いていた部屋からシーツをくすねて来ると、加賀山はその裸身を隠すようにかけてやった。
しかし、
「っぁ…あ…んっ!」
肌に触れるだけで身体が跳ね上がり、ソレが更に幸斗に施された責苦を助長する。
「お…ねがっ…はずし…てぇっ…!」
「幸斗!」
「なん…す…からぁ…」
ポロポロと涙を流して懇願する姿を見て、ケダモノにならない者がいたとするならば ―― それこそ不能者ではなかろうかと思えるほどの淫猥さだ。
しかし、
「もう少し…な、我慢しろ。俺が楽にしてやるから…な」
そう囁く裕司を敢えて見ずに、加賀山は先を急いでいた。



向野が用意したのは相模湖畔に点在する貸し別荘の一つだった。
なんでもとある財閥がバブル期に建てたという豪奢なもので、少し手を加えればペンションとして数組の宿泊客を泊める事もできそうな趣がある。
しかし、今の裕司の耳にはそんな向野の説明など届くはずもなく、
「寝室は1階の奥と2階にあります。バスルームも…」
「わかった。俺たちは2階を借りる」
そう言って幸斗を抱き上げて階段を上がりかけ ―― ふと、加賀山を見た。
金光組の秘密クラブは既に壊滅状態であるのは確かだ。
裕司もあえて確認はしなかったが、そこは加賀山のことである。
恐らく秘密帳簿や顧客データといった類のものはあのドサクサに紛れて手に入れていることだろうし、磯部や安原、それに親元に当たる金光自身や幸斗を付け狙っていた茂木に関しても手は打ってあるはずだ。
尤も、幸斗を取り戻した裕司には、後のことなどはどうでもよくて。
それこそ、金光組がどうなろうと気にするつもりは全くなかった。
だから、
「心配するな。あとの面倒はこっちで片しとく。それより…お前はその子を早く楽にしてやれよ」
そういう加賀山に苦笑を向けると、裕司は二階へと消えて行った。






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初出:2007.04.01.
改訂:2014.11.03.

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