Amnesty 04


市内のビジネス街と繁華街のほぼ中間にあたる一画に片岡組の事務所は存在している。
とはいえ、勿論ヤクザ稼業を看板に掲げているわけではなく、表向きは「片岡コーポレーション」という不動産の管理を業務とするごく普通の企業であった。
事務所となっている建物は片岡組の持ちビルで、地下に駐車場を持つ地上三階建て。
1階は商談もできるようなロビーとなっており、2階が主な社員の詰める事務所、3階が重役クラスの執務室および会議室という造りになっている。
その3階にある執務室では、その日も裕司がいつものように大前から仕事の報告を受けていた。
「…というところで、今月の売り上げも順調に回収が進んでいます」
「そうか。それはなによりだ」
「ただ、生活課が少年課と連動しての動きがあるとの報告も上がってきていますが…」
「ちょうど夏休みも終わったことだしな。店の方には新規雇い入れの身元チェックは念入りにと流しておけ」
「はい、判りました」
風俗営業といえば一般の人間ではファッションヘルスやソープランドといったものをイメージするところであるが、それらは法律的には「性風俗特殊営業」と言って全く別のものである。
裕司が担当しているのは風俗営業でも1号から4号営業と呼ばれる、客の接待をするかダンスが可能というキャバレーやナイトクラブ、またはディスコといったものが主であった。
だがここ数年、法律だけでなく条例などでもそういった風俗営業に関する風当たりは小さくなく、特に18歳未満の従業員雇用に関する取り締まりは即時の営業停止などの強制執行にも繋がりかねなくなっているところであった。
多少の罰金などであればともかく、営業停止では店としては死活問題である。
それでなくても昨今の不況の煽りを受けていることもあって店側としては慎重になりつつはあったが、逆にこの時期は肝心の18歳未満の方が怖いものしらずだった。
数年前に流行語にもなった「援助交際」を皮切りに、性的なことに関するタブーは年々ハードルが低くなっている。
それこそその日のゲーム代のために売春することも厭わぬくらいで、しかも発育もいいものだから実年齢を見破ることも困難なくらいだった。
「全く、最近の子供は発育がいいからな。見かけだけじゃ、俺だって判らんぜ」
そんなことを呟きながらも、ふと裕司の脳裏に浮かぶのは幸斗のことである。
(それに比べてうちの幸斗は…もうすぐ20歳とは思えないほど可愛いんだがな)
決して童顔とか子供っぽいというわけではなく、どちらかといえば造りは整っていて端正と言ってもいいような幸斗である。
大人しくて物静かな人となりであれば、普通、実年齢よりも大人びて見られるものであるが、幸斗に限ってはそれもない。
青年というには頼りなげで、少年というには世間の冷たさを知りすぎていて。
最近になってようやく見せるようになってきた笑顔であるが、どこか遠慮がちに思えるのはやはり今までのあまりにつらい世界を払拭しきれていないせいだろう。
一日も早く忘れさせてやりたい反面、温室の花のように外には出さないで守ってやりたいと思うのも紛れもないところである。
元々男も女もOKという裕司であったが、一度結婚してからは女は妻を最後としていた。
男も、妻の死後からは何人かと付き合うこともあったが、どれも後腐れのない商売人か立場をわきまえた者ばかりで恋愛というよりはセフレといった方が当てはまるような関係ばかりであった。
そのためお気に入りかと思われても世話をするようなこともなかったはずだったのだが、幸斗だけは別格だった。
「あの儚げなところが…保護欲をそそるんだよなぁ」
そんなことを何気に呟く裕司に苦笑を浮かべながら、大前は目の前の書類を片づけていた。
(この人も…随分と大人になったものだな)
元々大前は裕司の補佐役として、裕司の父親であり現在の組長でもある片岡司郎に見込まれてこの世界に入った男である。
片岡組はヤクザ稼業とはいえ元々が任侠を出身としている。
そのため地元では嫌われものということはなく、むしろ頼りがいのあるまとめ役のような存在でもあった。
実際に勢力図としては西の難波組と東の蒼神会に挟まれた形になっているが、どちらにも対等に渡り合うことを可能としているのはそういった自負を自然と身につけているからでもあろう。
そんな組の中で育った裕司である。
当然、任侠のイロハは物心つく前から叩き込まれているが、組長夫妻の一粒種として怖いもの知らずにも育っており、若いころは無茶も散々したものだった。
特に加賀山と吊るんでいた10代後半の頃は大前には気の休まる暇もないくらいで、胃潰瘍を起こさなかったのが不思議なくらいだったものだ。
そんな裕司の手綱を上手く取っていたのが妻の香織であり、彼女の死後は娘の麗香の存在が分別を覚えさせたといっても過言ではなかったはずだった。
(…そういえば、この夏は麗香お嬢とお出かけにもならなかったのでは…?)
ふとそんなことを大前が思い出したその時、
―― RRR…
不意に裕司のデスクに置かれた電話が鳴り響いた。
「はい…え? それは…判りました。伝えますが…」
いつものように事務的に出た大前の様子が微妙に変わり、どこか困ったような表情さえ見せ始めている。
それを不審に思わないほど裕司は鈍感ではなく、
「何だ?」
訝しげにそう尋ねれば、大前は受話器を手で押さえながら神妙に答えた。
「実は…姐さんが下においでだそうです」
「ああ? なんだと?」
片岡組において現在「姐」と呼ばれているのは、組長の妻であり裕司にとっては実の母である片岡芙美子、ただ一人である。






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初出:2009.04.26.
改訂:2014.11.08.

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