Amnesty 11


ドアを開けると、そこにいたのは一人の少女だった。
赤いランドセルにキャラクターもののナップザックを手に持ち、頭には白い帽子を被っている。
その帽子からはお下げにした三つ編みと、ちょっと日焼けした愛くるしい笑顔が覗いていた。
「こんにちは。かたおかれーかです」
眩しいくらいの無邪気な笑顔に、幸斗は何と答えて良いのか判らず目を見開くばかりだった。
その名前をフルネームで聞くのは初めてではあるが、昨夜見つけたあの手紙に書かれていたことを思い出せば一目瞭然である。
(この子が裕司さんの子供…?)
あれだけ恰好が良くて、いくつかの店のオーナーも務めている裕司である。
女性が放っておくはずもないだろう。
懇意にしている女性がいてもおかしくはないし、勿論、結婚して子供がいたって不思議な話ではない。
ただ、そんな素振りを全く感じなかったことが 幸斗には辛かった。
騙されたとは言えないし、寧ろ気がつかなった自分の浅墓さが悔やまれる。
そんな幸斗の様子を察したのか、
「麗香ちゃん、どうしてここに…?」
幸斗の後を追って玄関に出向いた弘明も、そこに麗香の姿をみつけて、咄嗟に驚きを隠すことはできなかった。
確かに彼女は裕司の一人娘であるが、早くに母親を亡くしたため、今は裕司の母 ―― 麗香にとっては祖母にあたる芙美子が育てているはずだった。
因みに、小学二年生である麗香の通う小学校は、ここから駅で3つほど離れているはずである。
しかし、
「あれ? ヒロセンパイも一緒なの? もしかして、れーかだけ仲間はずれ?」
そんな風にちょっと拗ねたように首をかしげると、二人の間を何事もなかったかの様にすり抜けて中に入ってしまった。
それでも、きちんと「お邪魔します」と挨拶をし、脱いだ靴も揃える礼儀正しさである。
そのくせさっさとリビングに上がり込むとソファーの上座にちょこんと座り、
「れーか、喉乾いちゃった。何か冷たいもの下さーい」
そんな風に注文を出すところは、子供らしいというか、流石に裕司の娘というか ―― とにかく大物である。
おかげで、
「え? あ、はい。ちょっと待っててね」
すっかり度肝を抜かされた幸斗はキッチンに急いだ。
一方、弘明の方は麗香に関しては生まれたときから知っているということもある。
とにかく状況把握をと、
「麗香ちゃん。ちゃんと芙美子さんに言って来たの?」
そう尋ねれば、
「おばあちゃまに? 勿論よ。ちゃんとピンポンって鳴らす前にメールしておいたもん」
「…って、それ、今さっきじゃない?」
「だって電車の中でケータイは使っちゃいけないのよ。歩きながらも危ないでしょ?」
「まぁそうだけど…って、そういうことじゃなくてね」
母親の香織も口達者で、更にあの芙美子に育てられているだけはある。
ハキハキと言い放つところはとても7歳とは思えないところだ。
とはいえそこはまだ子供である。口達者な分、何を言い出すか判らないという不安が弘明には無きにしも非ずで、
「だって、運動会は今度の土曜日なんだもん。待ってたら、パパ、絶対すっぽかすと思わない?」
ちょうど麦茶を淹れて幸斗が戻ってきたところでそんな事を言い出したものだから、弘明は血の気が引く思いだった。
しかも、
「運動会って…」
「うん、今度の土曜日なの。今年の夏休みはれいか、パパに全然会えなかったでしょ。だから運動会くらいは来てほしいなって思ったの」
それはつまりこの夏は幸斗が裕司を独占していたということで、麗香に寂しい思いをさせてしまったという弾劾でもある。
当の本人である幸斗にとっては、既に済んでしまったことであるだけに取り返しのつかない罪悪感が圧し掛かってきていた。
「ごめんなさい。僕のせいだ。僕が裕司さんを独占してたから…」
「幸斗君…」
「本当にごめんなさい」
ソファーに座ってストローで麦茶を飲む麗香の前で、幸斗は膝をついて謝った。
相手が子供だからとか、そんな思いは全くない。
寧ろ子供だからこそ、楽しみだった夏休みをぶち壊してしまったという大罪の重みが、幸斗には苦しいくらいだった。
しかし、そんな幸斗の姿を見て、
「ううん、いいのよ。パパとは遊べなかったけど、その代りシュウくんが遊んでくれたから。それに、パパ、ユキくんのことを話すときシンケンだったから。とっても好きなんだろうなって、れーかにも判ったよ。パパもとっても大事な人なんだって言ってたしね」
そんなことをさらりと言う麗香に、むしろ聞いている幸斗や弘明の方がドキマギとしてしまった。
更に、
「ねぇ、ユキくん。パパがユキくんのこと大好きなのはれーかも知ってるけど、ユキくんはパパのこと、どのくらい好き?」






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初出:2009.06.28.
改訂:2014.11.08.

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