Amnesty 12


勿論、麗香の言っている「好き」という意味がどこまで判って言っているかは怪しいものではある。
しかし子供ながらの純粋さでそう言われてしまうと、幸斗の性格であれば誤魔化すことなどできはしないところだった。
否、誤魔化すなどと考える余裕すらなく ――
「僕も…僕も、好き ―― です」
当の裕司にすらまだきちんと言ったことはない ―― 言ってはいけない、言う資格さえないと思っていたはずの心の内を、何故か麗香にはすんなりと晒け出していた。
子供相手に何を言っているんだろうと、どこかでそんな声も聞こえた気がする。
だがどうしても、麗香に嘘をつくことはしたくない ―― というより、できなかったのだ。
そのため、
「パパって若づくりしてるけどもうオジサンだし、れーかみたいなコジュートもいるのに? ユキくん、絶対苦労するよ?」
落ち着いて聞けば麗香が半分悪戯心で言っているということなどすぐに判りそうな口調である。
しかし、今の幸斗にはそんなことまで気がつく余裕などなかった。
「苦労なんて、そんなことないよ。それは僕みたいなモノが裕司さんの側にいるのは間違ってることは判っているんだ。勿論、麗香ちゃんから裕司さんを取ろうとか思ってるわけじゃないんだよ。ただ、もう少しだけでいいから側にいたくて…」
真っ青な顔色に今にも泣き出すのではないかと思えるほどに悲痛な目をして。
張り裂けそうなほどに痛む胸をぎゅっと掴みながら、幸斗は血を吐き絞るように懺悔した。
「ごめんなさい、僕みたいなモノが裕司さんの側にいちゃいけないのは判ってるのに…相応しくないって判ってるのに…」
誰かを好きになる資格なんて、こんなに薄汚れた自分にはないことなど良く判っているつもりだった。
それでも、裕司を好きになってしまったこの想いを止めることはできなくて。
それどころか ―― 少しでも自分のことを好きになって欲しいと願っているということも気が付いてしまっていて。
(側にいさせてもらえるだけでもいいと思ってたのに…なんて浅ましいんだろう、僕は…)
裕司の側にいさせて貰いたいだなんて、本当に身の程も弁えない望みだということは判っていた。
それが判っているのにこうして離れられずにいるのは ―― どこかで裕司に愛してもらえるかもしれないと期待しているからに他ならなかった。
そんな思いあがった自分のせいで、こうして麗香の幸せを奪うことにもなっているというのに。
それをこうして見せつけられた上でも、それでも諦めきれない己の醜さには反吐が出そうなくらいだ。
「未練がましくて、浅ましくて…本当に最低だって判ってるのに…僕なんかが裕司さんには相応しくないのも判ってるのに…」
どれだけ自分が汚れていて、人並みの幸せを望めるモノではないかなど判っているはずだった。
それが判っているのに未練がましくここに居座っているのは ―― 裕司が余りにも優しいから。
そんな裕司の優しさに甘えてここまで来てしまったが、やはりそれは間違いだったのだ。
(もう心なんてなくなったと思ってたのに…)
毎日、毎夜、何人もの男たちの欲望の捌け口としてだけ生きることに慣れるために、余計な心はあっさりと死んでしまったと思っていた。
それなのに、ほんの少し優しくされただけでこんなにも簡単に蘇るだなんて思いもしなかった。
それどころか、体を穢された時よりも、裕司に好きだと言えないことの方が辛いだなんて、思いもよらないことだった。
もしもあの時、あの地獄のような生活から逃げたりせず、あのまま薄汚れた、穢れきったままで沈んで逝ってしまっていたならば。
あの樹海の中を彷徨って、そのまま誰にも見つかることなく朽ち果ててしまっていたのならば。
いや、連れ戻されたあの場所で、裕司に助け出されたりせずにあのまま性奴として裏の世界に沈んでいれば、誰にも迷惑をかけることなく消えてしまえたはずだった。
そう、いっそのこと ―― 裕司と出会ったりしなければ ―― と。
そんな風に思ってしまうほどに辛くて、切なくて ――
しかし、
「違うよ、ユキくんっ!」
仄暗い思いに囚われかけた幸斗に、突然麗香が縋りついて叫んだ。
「ユキくんはパパの大事な人なんだから、パパが大事に思ってる人なんだから、そんな風に言っちゃダメだよ!」
突然麗香はそう言って幸斗に抱きついた。
まるで母親が大事なわが子を抱きしめる様に。
流石に小学二年生の体ではいくら幸斗が細いと言っても背中まで手を回すことはできなかったが、優しく慈しむようなハグに、幸斗は泣きそうなほどの温もりを感じていた。
こんなハグをしてもらったのは、まだ両親が健在だった頃のこと以来かもしれない。
「れーかね、パパはママみたいなデキるオンナがしっかり見張ってなきゃダメなんだと思ってたけど、そうじゃなかったみたい。ユキくんが側にいてくれると、パパ、なんだかすっごくカッコいいんよね。きっと大事な人を守るんだっていう強い気持ちがあるからだと思うんだ」
そう言って同意を伺うように麗香がチラリと見れば、その視線の先では弘明が苦笑を浮かべて見守っていた。
(流石、香織ちゃんと裕司の娘だよ。ホント、しっかりしてる…)
そんな風に弘明も感心してしまうほどで ――
「ユキくんは一人じゃないよ。れーかもユキくんの味方になってあげる。れーかもユキくんを守ってあげるね」
そう言って誇らしげに笑ってみせる麗香に、幸斗はただ「ありがとう」と呟くことしかできなかった。






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初出:2009.07.05.
改訂:2014.11.08.

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