Amnesty 13


裕司にとって、麗香は確かに可愛い一人娘である。
亡き妻の香織は一つ年上の姉さん女房で、あの芙美子に負けずと劣らない口達者なしっかり者だった。
その血を引いて ―― 更には芙美子の薫陶もある。
そして周りの人間は一癖も二癖もある大人ばかり ―― と、実年齢以上ませていることは言うまでもない。
とはいえ、まさかわざと傷つけるようなことは言わないだろうと思うものの、精神上危うい幸斗にとっては何が地雷となるか判ったものではないという懸念が、裕司には一番の不安要素だったのだ。
だから、慌ててマンションに戻ったのだが ――
「お帰り〜パパ。早かったね!」
そこで待っていたのは仲良くアイスを食べている麗香と幸斗の姿だった。
「お帰りなさい、裕司さん。今日は…もうお仕事はいいんですか?」
「あ、ああ、それは構わないんだが…」
「パパもアイス食べる? 春也君が買ってきてくれたの。美味しいよ」
「あ、ああ…」
どうやら弘明はすでに帰ったあとだったらしい。
麗香の口ぶりから察すれば春也が迎えに来たというところのようだが、ということは暫く幸斗は麗香と二人でいたということになる。
(おいおい、ちょっと待て…)
実は昨夜、夏休みに全く相手にされなかったことを拗ねて、夕飯以降は口もきかずに怒っていた麗香である。
あの勢いでなら、ある意味元凶であった幸斗に対してもどう詰め寄ったのかと冷や汗を感じるところであったが、
「それでね、ユキくんはどっちがいいと思う?」
「えっと…そうだね、こっちも可愛いと思うけど、ピンクの方がいいかな?」
「あ、やっぱり? そうなの、れーかもこっちのシリーズの方が好きなの。やっぱりユキくんとは話が合って嬉しいな」
何を見ているのかと思えば、どうやらファンシーグッズのカタログのようだ。
嬉々として説明する麗香を、幸斗は面倒臭がりもせずに相手にしていた。
それは麗香が裕司の娘だからなどといった様子ではなく、寧ろ実の兄妹ではないかと思えそうなほどの仲睦まじさである。
(おいおい、俺の立場どうなるんだよ…)
まさに案ずるより産むがやすしとはこのことかと思うほどの和みぶりである。
確かに麗香ならいくら人見知りをするという幸斗でも構えるほどのことではないのだろうが、
(ああ、そうか…そういえば、幸斗もここのところ相手が年上ばかりだったな)
裕司はもとより弘明も春也も幸斗にとっては年上の相手だった。
そのために、誰もが幸斗を腫れものにとまではいかなくとも、つい気を使ってしまっていたのかもしれず、それを敏感に感じ取っていた幸斗もこれ以上の迷惑はかけられないと気負ってしまうところがあったようだ。
却って麗香のようにいきなりであれば身構える余裕もないということかもしれない。
それに、
「パパってば、ユキくんにれーかのこととかちゃんと話してなかったでしょー?」
「ちゃんとって…おいおい…」
「心配しないで。れーかがちゃんとフォローしといてあげたから。これだからオトコってだめなのよねー」
どんな話をしたのかと、内心では冷や汗ものの裕司であったが、どうやらそう深刻な話ではなかったようだ。
何気に様子を見れば、幸斗も穏やかな笑顔を浮かべており。
「…その口調、香織に似てきたな」
「ホント? やった、れーか、ママみたいないいオンナになるのが夢なんだ!」
「…頼むから、程々にしてくれ、な」
「えー、しょうがないなー」
すっかり父子で軽口の言い合いになっているところなど、こちらも仲の良い感じである。
そんな折、
「あ、それよりも! 今日はちゃんと約束しに来たんだからね、パパ!」
不意に思い出したらしく、麗香は裕司の正面に立つとビシっと指を立てて宣言した。
「今度の運動会、ちゃんと来てくれるよね!」
「運動会? ああ、そんな話をしてたな」
「そーよ。今度の土曜日なんだから! 絶対に来てくれないと、れーか、グレちゃうからね!」
グレるなどと、一概に冗談と言えないところも怖いところだが、そう言われてみれば確かにそれは昨夜もかなり念を押されていた気がしていた。
とはいえ、
(幸斗を置いてっていうのもな…)
未だ外に出ることを避けている幸斗である。
だからと言って一人だけ部屋に置いて行くというもの迷うところであり、さぁどうしようかと悩みかけた裕司だったが、、
「あの…裕司さん…」
おずおずと声を出した幸斗は、ちらりと麗香の方を見てから裕司に向き直ると、はっきりとそう告げた。
「麗香ちゃんの運動会に、僕も一緒に行ってもいいですか?」






12 / 14


初出:2009.07.05.
改訂:2014.11.08.

Dream Fantasy