Amnesty 14


天気予報では南の海上に台風発生を知らせていたが、週末の天気は気持ちの良い秋晴れだった。
日中の残暑はまだ厳しかったが朝の空気はどこか冷やりとしており、抜けるような青空が目に眩しい。
そんな晴天の下で、麗香の通う小学校では予定通りに運動会が開催されていた。
その開会式がそろそろ始まろうという頃、
「裕司さん、こちらです」
流石にこういう場でのスーツ姿は合わないと思ったのか、珍しくシャツにスラックスといったラフな姿の大前が声をかけると、そこには畳4畳分ほどの広さのブルーシートとパラソルつきのテーブルセットが用意されていた。
「おお、サンキュ。なかなかいい場所が取れたな」
「それはもう…柊平さんが頑張ってくださいましたから」
そう言われて見てみれば、ブルーシートの上に何やら黒い物体が蹲っている。
それは、シートの上に雑魚寝のようになっていたため流石に皺だらけになってはいるが、この行楽日和りには到底似合わないスーツ姿の柊平で。
どうやら今日の場所取りに借り出されたようだった。
というか、押し付けたのは勿論、裕司だったりするわけで、
「いい若いモンが、情けないな」
まるで他人事のように裕司がそんなことを言うと、
「冗談じゃないですよ。昨夜、寝てないんですからね」
「夜遊び自慢か?」
「仕事です、仕事っ! 先輩と一緒にしないでくださいっ!」
眠い、寝不足だと言っている割には、かなり元気に反論している。
柊平は片岡組の顧問弁護士事務所の者であり、裕司の後輩にも当たっている。
おかげで公私にわたっての付き合いも多く ―― というか、麗香のお気に入りでもあるため、こういうときには必ずといってもいいほどに呼び出されるのだ。
しかも、
「フン、ありがたいと思えよ。今日は幸斗の手作り弁当が食べれるんだからな」
そう言って何気に幸斗を紹介すれば
「あ、そうですね。弘明先輩からも聞いてますよ。幸斗君はすごい料理が上手だって」
楽しみにしてたんですよと、屈託のない笑顔で幸斗を迎えてくれた。
「そんな…大したことないです」
弁護士という職業上、人当たりの良さには定番があり、また堅い仕事には思えないほどに童顔で愛嬌のある柊平である。
おかげで幸斗も割りと平気そうに軽く会釈をすると、やや遠慮がちながらもシートの上に腰をおろした。
マンションからこの小学校までは車で送らせたため、外との接触というものは極力避けた形になっていたが、その車を降りてからこの場所に来るまでには多くの人の中を歩いてきていた。
流石に小学校の運動会である。
来ているのはその父兄や親戚などが殆どで、年齢層も高いところだが、若い母親などの中には明らさまな視線を向ける者もなくはなかった。
何せ裕司は自他ともに認める二枚目で、流石に今日はラフなシャツとスラックスという姿だが、それでも人目を引かずにはいられない華やかさがあるのだ。
その上、大前も中々の男前であるし、柊平は最近流行りの男性アイドル並みの童顔である。
そして幸斗も、控えめで柔和な雰囲気が母性本能をくすぐるような雰囲気をもっていた。
そんな男四人が一堂に会しているのだ。目立つなという方が無理と言いたいくらいだ。
おかげでやはり幸斗はかなり緊張しているようだが、
「幸斗、プログラムを見てくれ。麗香の出番はいつだって?」
「はい…3番目の50メートル走が最初ですね。そのあとは…」
持ってきたバックの中らプログラムを取り出してチェックを始めれば、少しは幸斗の緊張もほぐれたようだった。
柊平や大前もそのあたりは気を利かし、なるべく幸斗を囲むように腰を下ろした。
いきなりこんな人だかりの中に連れてくるということは無茶かと思ったが、そこは小学校の運動会だ。
始まってしまえば、観客たちはわが子への応援で一杯になり、回りなど気にならなくなるものだった。
それに、
(まぁ、スーパーとかでもリハビリっぽくはできたしな。そんなに心配することはないか…)
麗香の応援に行きたいと言い出した幸斗は、そのために弁当も自分で作ろうと思い立ち、買い物にも出ようと頑張っていた。
とはいえ、最初は玄関を出た突端に足が竦んでしまって。
しかし、それでも自分を奮い立たせて一歩前に出たのは、やはり麗香の存在が大きかったようだ。
麗香から父親を取ってしまって、それでも裕司からは離れたくなくて。
しかもその麗香が味方になってくれるというのなら ―― いつまでも甘えてばかりではダメだという自覚。
おかげで、麗香の突然の来訪から僅かしかたっていないというのに、少なくとも裕司と一緒であれば外に出ることもなんとかできるように回復していたのだった。
(やはり切欠があればってことか。フン、今回ばかりは麗香の我儘にも感謝だな)
裕司にとっても、幸斗に対しては「守りたい」という思いが強いがために、どこか囲ってしまうところがあったのかもしれない。
そうして匿ってしまえば確かに裕司も安心ではあるが、幸斗の負い目はいつまでたっても解消されることはなかっただろう。
(まぁいい、甘えさせる方法なんか幾らでもあるしな)
今はこうして外に出て、普通の青年のように笑うことができるようになった幸斗を見ているだけでも裕司にとっては嬉しかった。






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初出:2009.07.12.
改訂:2014.11.08.

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