Amnesty 15


時計が12時を少し過ぎた頃には午前のプログラムも終了し、上機嫌の麗香が裕司たちの元にやってきていた。
「シュウくんもユキくんも見ててくれた? れーか、50メートル走もレク走も1番だったよ!」
「うん、見てたよ。凄く早かったね」
「もしかしてクラスで1番じゃない? 男の子よりも早そうだよね」
個人種目で上位3位以内に入ると、袖のところに順位の入ったシールを貼ってもらえるようで、麗香は午前に出場した2種目で手に入れた1位と書かれた金色のシールを誇らしげに柊平と幸斗に見せていた。
因みに麗香は柊平と幸斗の間に座り、すっかり二人を独占している。
「午後からはねー、ダンスもするのよ。れーかは真ん中のグループだから、絶対に見ててね」
「うん、楽しみにしてるね」
もらっていたプログラムには麗香の出場する種目にチェックが入っていたし、それとは別のプリントで団体競技の際の子供の居場所が大まかにではあるが掲載されている。
最近話題の少子化のため幸斗や柊平が現役だった頃に比べれば児童の数は明らかに少ないが、ビデオやデジカメを必死になって構えている親達への配慮となっているようだ。
実際に幸斗たちが観覧している周りの父兄たちの中には応援よりもそちらの方で手一杯な様子が見られることもあり、何箇所か撮影席も設けられているようである。
だが裕司や大前、柊平でさえカメラなど構えていなかったため、
「そういえば…写真とかって撮らなくて良かったんですか?」
ちょっと気になった幸斗は小声で裕司に尋ねた。
「ああ、大丈夫だ。写真もビデオも専属の奴に撮らせているからな」
「え? 専門って…」
「若い者の中にはカメラが趣味の奴もいますから。そういうのに撮らせているんですよ」
片岡組はれっきとしたヤクザではあり、構成員ともなればやはりドロップアウトしたものがほとんどである。
だが、その中でもそれなりに特別な才能を持っている者も少なくはなく、機械に詳しい者もいるらしい。
ましてや、本来、麗香の面倒をみているのは本家の芙美子であるのだから運動会など観覧したいはずであろうが、流石に立場上、あまり公に出るわけにもいかないところだった。
そんなこともあり、こういったイベントのときには芙美子への報告も兼ねて組内でもカメラなどに詳しい若い者が撮影班として潜り込んでいるということらしい。
「ああ、そうだな。折角揃ってるんだ。あとでここの写真も撮らせるかな」
「じゃあ、れーかの隣はユキくんとシュウくんね!」
「両手に花か? いい身分だな、麗香」
「ちがうよー。こういうのはね、『日頃の行いがイイ』っていうんだよ」
そんな団欒を楽しんでいたら、
『PTAの皆様にご連絡いたします。午後の1番目の種目として、PTAのリレーを開催いたします。選手となっている方は、本部までお集まりください』
放送とともに観客席のあちこちから、いかにも体力には自信があるというような父兄が子供たちの声援とともに送り出されていた。
そういえばそんなプログラムもあったなと、他人事のように聞き流していた裕司だったが、
「次はパパの番ね」
にっこりとほほ笑んで云う麗香に、裕司は眉を顰めた。
「ああ?」
「あれ、言ってなかったっけ? パパ、選手なんだよ? おばあちゃまが役員さんにいいですよって言ってたもん」
「何?」
そう言われてみれば、確か二年前の麗香の幼稚園での運動会でもそんなことがあった気がする。
その覚えがあったために昨年はわざとギリギリまで仕事を入れて参加できないかもしれないというように見せていたのだが、今年その対策をすっかり怠っていたようだ。
というか、
「おい、大前。お前、もしかして気がついてたんじゃないだろうな?」
「もしかしたらとは思いましたが、確信があったわけではありませんので」
「云っときますけど、俺は無理ですよ。この格好じゃ、流石に全力疾走なんてできませんから!」
最悪の場合、走らされるのは大前か柊平ということもありうる。
それを察知して大前はスーツを避けたのだが、柊平は仕事場からの直行でスーツなのだ。
当然無理な話というものだ。
そして、
(まさか幸斗にってわけにはいくわけねぇしな)
などとちらりと思うものなら、
「パパも早いのよ。カッコイイから応援してあげてね」
と、麗香は思い切り皆に聞こえるように幸斗に耳打ちするのだから ―― 知能犯だ。
「れーかが幼稚園の時にもリレーで走ったんだけど、パパはダントツで1番だったの。すごいんだよー」
「そうなんだ。じゃあ、しっかり応援しなきゃね」
「そうだね。パパ、がんばってね。ユキくんと応援してるから!」
とまで言われてしまえば、ごねるわけにもいかないところだ
「…それじゃあ、ご期待に添えないとな」
やれやれ仕方がないと言いつつ、期待に満ちている麗香と幸斗の視線を嬉しく受け止めながら、裕司は観客席を後にした。






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初出:2009.07.12.
改訂:2014.11.08.

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