Amnesty 17


一度マンションに戻ってそれぞれシャワーで汗を流すと、夕飯は幸斗と裕司、二人で作ることにした。
「疲れただろう? 俺も手伝おう」
「でも…」
「まぁ邪魔にならない程度だけどな」
わざとそんな事を云って幸斗の気を軽くさせたつもりだが、幸斗本人にとっては緊張するなという方が無理な様子だ。
(まぁそれはそれで可愛いしな)
裕司と一緒に夕飯を作るというだけで緊張するということは、それだけ意識しているということだ。
それが見ているだけでも判るくらいなのだから、幸斗の思いなど裕司にとっては手にとるようなものだった。
自惚れではなく、幸斗が自分に魅かれているということには自覚もある。
それでも、幸斗が自分から踏み込むことが出来ないのであれば ―― こちらから手を引いてやるのも必要だろう。
(成程。俺も気が長い方じゃなかったってことだな)
当初は幸斗が自分から選べるように待つつもりだったが、幸斗のような性格には切欠も必要なのだ。
例えそれがその場の流れに任せる形になってしまったといっても。
そうして二人で作った夕飯を済ませた後、裕司は幸斗をリビングに誘った。
「幸斗は、酒、飲めるか?」
「え? いえ、飲んだことはないです」
今時、高校生でも飲酒の経験はあると思うが、根が真面目な幸斗である。
(そういえば、まだ未成年だったんだよな)
この春先に19歳になったばかりで、本来ならこれから希望に満ちた将来が開けるはずだった。
それが大人の欲望の餌食になり、この歳で地獄の底に突き落とされて。
だが ――
(俺が守ってやる。守って甘やかして…ドロドロに溶かしてやろう)
それもまた勝手な欲望かもしれないが、今更手を離すつもりは微塵もない。
「そうか。ま、ちょっとだけ付き合ってくれな」
そういうと裕司は冷蔵庫からジュースを取り出し、ジンを垂らして簡単なカクテルを作った。
「殆どジュースみたいなもんだ」
「…ありがとうございます」
そうして自分にはウイスキーをロックで用意すると、幸斗をすぐ隣に座らせた。
「今日は流石に疲れただろう?」
「でも、楽しかったです」
「幸斗の弁当も美味かったしな」
「そんな…口に合って良かったです」
流石に面と向かってのほめ言葉には照れたのか、幸斗はグラスを両手で持つと中の液体を少しだけ舐めてみた。
味は殆どオレンジジュースであるが、体内に入った途端にぽうっと熱を感じる。
だが何となく気恥ずかしくて、幸斗は場を紛らわせるように少しずつ飲んでいた。
このマンションでは二人で暮らしているのだから、二人きりになることなど珍しいことではない。
だが、こうして並んでソファーに座るなどということは初めてで、幸斗は必要以上に意識しているようだった。
(顔を見てないほうが落ち着かないなんて…僕、どうしちゃったんだろう)
恐らくそれはいつも以上に二人の距離が近いからなのであろうが、少しアルコールに酔い始めているらしい幸斗には気が付かない様子だった。
それどころか、
「そういえば頼みたいことがあるって言ってませんでしたか?」
何か話していないと落ち着かなくてそんなことを思い出したのだが、それがかえって幸斗自身を追い詰めることになるとは思いもしていないのだろう。
「ああ、そうだったな」
「僕にできることですか?」
「幸斗にしかできないことだな」
「?」
そんなことを言いながら、なかなかその先を告げない裕司を幸斗は不安気に見上げた。
なかなか云ってもらえないものだから ―― もしかしたら、もうここから出て行けと言われるのではないかとか、そんな悪い方向にまで気が行ってしまうのは仕方のないところだった。
(もしそうだとしたら…ちゃんと今迄のお礼を言ってから出て行こう。絶対に泣いたりしないで…)
そんな幸斗の内心を ―― 顔色を見れば、また悪い方向に考えているということなどすぐにわかるので ―― 違っていると説明しようと思いながらも、裕司自身もまだ迷いが残っていた。
幸斗を言いくるめる自信は充分にあるのだが、果たしてそれが幸斗の望むことなのかと。
さんざん男のおもちゃにされてきたというのに、これからも同性にということが果たして正しいと言えるのかと。
だが ―― そうであっても、今更この手から逃す気にはなれない裕司だったから、
「俺はお前を愛してる。お前の心も身体も愛したいが、無理強いはしたくない。お前の気持ちを教えてくれ」
そう囁いて、幸斗の細い体を抱きしめた。






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初出:2009.07.19.
改訂:2014.11.08.

Dream Fantasy