Amnesty 18


一瞬何を言われたのか理解できずに、しかも優しく包み込むように抱きしめられた幸斗は頭の中が真っ白になっていた。
(え…な、に?)
決して力任せではないが容易く逃げることなどできそうにもない腕に抱きしめられて、幸斗はその温もりに身を委ねそうになっていた。
かつて、何人もの男たちにその身体を自由にされ、開かされて弄ばれてきたものである。
押さえつけられて蔑まされたことはあっても、こんなふうに優しく抱きしめられたことなど初めてだった。
しかも、
「俺はお前を愛してる。お前の心も身体も愛したいが、無理強いはしたくない。お前の気持ちを教えてくれ」
そんな言葉を囁く裕司の声は耳に甘くて、幸斗はそれだけで蕩けてしまいそうな感覚を味わっていた。
(僕の気持ち…? 僕の気持ちなんて…)
幸斗の気持ちなんて、つい先日、麗香にも言ったばかりである。
裕司が好き。
そばに置いて欲しい。
そしてできれば ―― 愛して欲しいと。
だが、それを裕司に告げようとした瞬間、幸斗の脳裏におぞましい記憶が蘇った。
「あ…っ!」
夜毎違う男たちに組み敷かれてきた身体。
いやだと口では叫んでいても、いつしかその快楽に溺れて強請るようになっていたのは紛れも無い事実で。
気を失うまで犯されてではないと眠ることさえできないほどに淫乱な己が、裕司に触れてもらうことなど許されるものではないのだった。
こんな汚れきった身体の自分が裕司に愛してもらいたいなんて、恐れ多い。
そばに置いて欲しいだなんて、なんて大それた思い上がりだろうと。
こんな汚れたモノが裕司の傍にいて、良いはずがない ―― と。
そう思い込んだ幸斗は信じられないような力で裕司の腕を振りほどき、
「幸斗?」
「だ、駄目です、僕はっ…僕にはそんな資格なんて…ないからっ!」
ソファーを飛び降りてリビングの壁に逃げ込むと、悲痛な視線を裕司に向けて訴えた。
この身体がどんなに汚れているか、それは裕司だって知っているはずだ。
淫乱で、汚らわしくて、何人もの男の欲望を受け入れてきたのだ。
こんな穢れきったモノが裕司の傍にいて、良いはずがないと。
だが、
「過去のことは関係ない。俺だって、褒められるような過去を持っているわけではないからな」
裕司もまたソファーから降りると、ゆっくりと幸斗の目の前に立ち、壁に手をついて幸斗を捕らえた。
キレイ事を言っても裕司自身はヤクザである。
そして片岡組はあくまでも合法的な組織であるとはいっても、その裏ではいくつも汚れた仕事をしていたのも事実だ。
それこそ幸斗のように人間を人間とも思わないような目にあわせたこともあれば、その命や社会的地位を抹殺したことだってないとはいえない。
それにはただ家族だったからとか仲間だったからとかという理由だけで巻き込んだ者もいなかったわけではないし、裕司を恨んでいるものだって少なくは無いだろう。
プライベートのことにしても、流石にレイプ紛いのことはしたことはないつもりだが、遊びと言い放ってその場限りのSEXで捨てた者等数知れないし、相手も割り切っていると言ってはいても、中には本気になって裕司を恨んでいるものが全くいないとはいえないところだ。
それでも、
「過去は消せない。だが、未来ならいくらでも築ける。俺はお前とのこれからを共にしたいと思ってるんだ」
子供が駄々をこねるように嫌々と首を振る幸斗の頬を捉えて上を向かせると、幸斗はポロポロと声も無く大粒の涙を零していた。
恐らく、声を上げて泣くことも許されなかったのだろう。
だがこれからは、泣きたいときに泣き、笑いたいときに笑えるように変えて行くつもりだった。
それには、
「もう自分を許してやれ、幸斗。大体、初めから責められるべきなのはお前じゃないんだから」
「でも…でも…」
「お前は悪くない。だから、幸せになってもいいんだよ」
「裕司さん…」
「それとも、俺じゃイヤか?」
「そんなっ!」
「俺と一緒に幸せになろう、幸斗。俺はお前を守って、お前を愛したいんだ」
そう言って裕司が唇を重ねると、幸斗はおずおずと腕を背に回していた。






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初出:2009.07.19.
改訂:2014.11.08.

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