Strategy 02


「随分とごゆっくりのおいでね。待ちくたびれてしまったわ」
挨拶もそこそこに、社長室のソファーにゆったりと座った怜子が嫌味を言う。
その一言一言に毒がこもっていて、ひどく悟の癇に障った。
しかし、
「誠に申し訳ありません」
全く感情のこもらない口調で、飛島が応対する。
待ちくたびれたという割には、テーブルの上には昼間だというのに並々と注がれたウイスキーのグラスが置かれている。
この部屋の本来の住人 ―― 社長の小柴昭彦の姿は無い。
いるのは専務の猶原と組幹部の栗原で、二人ともすでにアルコールが入っているのは明らかだった。
「ここには来たくなくて、時間稼ぎしていたのかと思ったわ」
「そんなことはありません。急な仕事の変更が入り、その対応に追われておりましたので」
「あらそう? こっちも揉め事が起きているのよ。どういうことか説明して欲しくてね」
そう言うなり、怜子は一冊の週刊誌を投げ出した。
そこには週刊誌につきものの、センセーショナルな見出しが紙面で踊っていた。


―― 欠陥建築の全てを公開!
―― 公共事業も食い物にする非道な手段!
―― 政治家と暴力団の癒着発覚!


直接その名前は記載されていないものの、見るものが見ればすぐにどこの会社を示しているかは一目瞭然である。
しかも、掲載されている写真は間違いなく小柴建設の本社ビルであった。
「誰か造反者が出たとしか思えないんですよ。内部告発ってヤツですかね?」
「あいにく、こっちにはこんなことをブンヤにばらすヤツは考えられないんでなぁ。まさか、とは思ったんだが」
猶原と栗原が嫌味ったらしく声をかける。
二人の息は既にアルコールで充満しており、悟は露骨に顔をしかめた。
この部屋に入って以来、悟は一切口をきいていない。
母親譲りの切れ長の目をまっすぐと見据えて、睨むように三人を見ているだけである。
悟は誰もが認める母親似である。
流石に仕事上、外に出ることも多いため程よく肌は焼けているし、身長もある。
しかし、どちらかというと細身で、茶色く染めた髪をやや長めに伸ばしているため、スーツを着てもサラリーマンというよりはメンズモデルのイメージに近い。
しかも、繊細なイメージの強かった由美子とは決定的に違うのが、そのきつすぎる視線であった。
常に全てに挑戦するような、敵意に満ちた瞳。
それに裏づけされた物怖じしない態度に、流石の組幹部も一目置いているのは事実である。
「どういう意味だ? 俺が密告したとでも言いたい訳か?」
先ほどの、飛島との会話では想像もつかないような低くて冷たい声。
一瞬、怜子に怯みが過ぎるが、それもすぐに打ち消された。
「あくまでも確認よ。お互い、誤解したままはよくないでしょう?」
それが、口先だけのことであることは悟も飛島も承知している。
その毒のこもった口調が更に悟の癇にさわり、暴発寸前で飛島が遮った。
「今回の件は当社の預り知らぬところです。寧ろ、被害を被っていると申し上げても過言ではありません」
そう言いながら、飛島は鞄から幾つかの書類を取り出した。
「早急に手は打ちましたが、一番の大口だった仙台の件が白紙撤回されました。先方からは直接言われたわけではありませんが、この記事の件が理由と思われます。本日、こちらへ参るのが遅くなったのもこのためです」
出された書類に掲載されているのは事業計画の進捗状況であった。
それまでの順調な計画遂行が、このままでは赤字転落も免れない状況といえる。
一昔前のバブル期ならいざしらず、ここ数年続いている不況によって建設業界も氷河期を迎えている。
さらに最近の市民パワーというものも無視は出来ない。週刊誌の些細な記事でも、いまや十分に会社一つを潰すだけの力は持っているのだ。
「もはや、仙台の計画は続行不可能と思われます。至急、それに変わる事業計画を立てる必要があります。無論、この記事の件につきましては当社としても出来うる限りのサポートを早急にさせていただきますので、本日は引き取らせていただいてもよろしいでしょうか?」
飛島がそういって頭をさげるのを、悟は不満そうに見つめていた。






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初出:2003.03.21.
改訂:2014.10.25.

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