Strategy 06


会議には出席しなかった飛島は、悟が戻ったことを知ると、雑務を切り上げて社長室に向かった。
「失礼します」
社内では、あくまでも社長と秘書の関係を誇示している。
学生時代からの友人ということは社内でも広く知られているが、それは、顔をあわせれば挨拶をする程度ということにしてある。
それが可能なのは、幸か不幸か自分がヤクザの息子であるということを毛嫌い ―― いまでもそうだが ―― していた悟が、やたらと付きまとう飛島との付き合いを絶対に公表しようとはしなかったから。
友達づきあいなどというものには興味がないという素振りで通してきたため、独りであるというイメージが強いのだ。
だからこそ、飛島にすれば悟のすぐ側にいていつでも守ってあげたいのだが ―― 。
「会議お疲れ様でした。本日のご予定ですが…」
同じく秘書課の女性がコーヒーを入れて立ち去っていく。
重役連中には白眼視されている悟だが、メンズモデル並の美貌に独身社長という肩書きのため、社内や取引先の女の子には憧れの的である。
それは飛島についても同様なのだが、いかんせん、悟相手 ―― しかもプライベートのみ ―― 以外は冷徹の一言で身を固めているので、こちらは憧憬よりも畏敬の方が圧倒的に多い。
「…と、以上です。何か御不都合がおありですか?」
「いや、特にない。あ、そうだ、柏木の横領は掴んでいるか?」
「はい、押さえてあります」
「そうか、じゃあアイツは解雇だ。小柴にはヤツの退職金の一部を上納すると言ってやれ。それで文句も出まい」
「判りました。すぐに手配します」
そう言って部屋を出て行く飛島を、悟は引き止めたい誘惑に襲われる。
それに気が付いているから、飛島もあえて振り向きはせず部屋をあとにした。
「ちっ…俺もまだまだ甘いな…」
甘えるのに慣れてしまった自分を、今はまだコントロールできている。しかし、いつかは小柴側にばれることも判っていた。
そしてその時は ――
悟は机の引き出しから一枚の写真を取り出した。
儚げに微笑む美しい女性。
「母さん…」
ギリっと唇をかみ締めて、悟は静かにその写真を引き出しに戻した。



社長室をあとにした飛島は、秘書課の自分のデスクに戻るとパソコンの電源を入れていくつかのデータを呼び出した。
社内のネットワークに組み込まれているがそれらのデータは全て特別なセキュリティロックに保護されており、パスワードを熟知したものしか開くことはできないようになっている。
無論、完全なセキュリティなどありえないことも熟知しているが、逆に社内ネットワークにそんな機密ファイルは存在しないだろうという裏をかいてのものともいえる。
尤も、このファイルにはある種の追跡マーカーがつけられているので、誰が接触したかは一目瞭然である。
秘書課の連中にしてもまさかこんな目と鼻の先で機密ファイルの操作がされているとは気が付かないだろう。
そのあたりのポーカーフェイスにはかなりの自信もある。
「ご苦労様です、コーヒーをお入れしました」
「ああ、すまない」
秘書課の新人、篠崎美紀がニッコリと微笑んで飛島のデスクに近づいた。
パソコンの画面には複数のファイルが開かれている。
「秘書課って思ったより大変なんですね」
チラリと視線がパソコンの画面に向けられる。
しかしそこに映し出されていたのは何の変哲もないスケジュール管理ファイルであった。
「飛島さんは社長と一緒に動かれることが多いんでしょう? すごいですね。会社の運営に携わっているなんて、カッコいいです」
いかにも最近の女子大生がそのまま就職したという口調に、飛島は冷たい視線を容赦なく向けた。
「おしゃべりをしている暇があったら、仕事の一つでも片付けなさい。ここは遊びに来る場所ではないはずですよ」
流石に女性相手であるから、多少は押さえ気味である。
しかし、調子に乗っていたところをそういわれると、流石に彼女も悔しそうに唇をかみ締め、一つ頭を下げて逃げるように席に戻った。
既に飛島の視線はパソコンにのみ向けられており、他の社員たちが美紀に慰めの声をかけたり肩を叩いたりしていることには目もくれない。
―― だから言ったでしょ、飛島さんは女の子だからって甘くないんだから。
―― そうそう、ちょっと仕事でトラブルなんか起こしたら特に大変なのよ。
―― その点、社長は優しいんだけどね。
―― いや、社長だって男には厳しいよ。
ちらちらとこちらを伺いながら美紀の周りの人間が声を潜めている様子だけで、そんなことを話しているのだろうということは想像が付く。
しかし彼にとってはそんなことは気に留めるほどのことでもなく、寧ろ黙殺しても何の痛痒もないのが事実であった。
別に自分の真価などこんな連中に判ってもらう必要はない。
ただ一人の人が判ってくれてさえいればいい。
そして同じように、悟のことも自分だけが本当の姿を知っていればいいだけのことであった。






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初出:2003.06.11.
改訂:2014.10.25.

Fairy Tail