Strategy 08


扉の向こうで待っていたのは、組長の小柴昭二とその妻である怜子、そして武道派幹部の栗原であった。
「遅くなりました」
「おお、待っておったわ。まぁ座れ」
妙に機嫌よく迎えるのは昭二だけで、怜子や栗原はニコリともしない。当然、悟自身も笑みなど浮かべはしない。
「些少ですが、お納めいただきたく持参いたしました」
そう言って持ってきたアタッシュケースをテーブルの上に出してふたを開ける。中には当然のごとく現金が入っていた。
ざっと見て一千万。
カタギから見れば安い金額ではないが、ここでは正月三が日分ももつことはないだろう。
「あら、ずいぶんと少ないのね。こんなはした金で正月が迎えられると思ってるの?」
怜子の声は手厳しく、まるで刃のように研ぎ澄まされている。
「そりゃ、姐さん、カタギさんには仕方ないですよ。これでも随分とがんばったはずですぜ」
「おお、そうじゃ。悟はよくやっていると聞いておる。死んだ由美子も鼻が高いじゃろう」
母親の名前を出されると、流石に悟の手が震えた。
しかし、それはよほど注意していなければわからないほどで、自分の前で他の女の名前を出されたことに一瞬視線を外した怜子には気がつかれなかった。
「…申し訳ありません。例の柏木の件で会社に穴が出ておりまして。今はご用意できるのがこれだけですが、いずれこのお詫びはきちんといたします」
軽く顔を伏せ気味に話すので反り返って見下ろしている怜子や栗原には悟の表情は掴みにくい。
悟自身もここで激昂すれば自分だけでなく、外の車で待っている飛島まで危ういことはわかっているから、極力感情を殺していた。
「そうそう、聞いておる。柏木め調子に乗りおって…。クビにしたそうじゃな」
「はい」
「まぁ仕方がない。会社に穴を開けたのなら、当然のことじゃ。それで、あとは何とかなりそうなのか?」
「若干、リストラを考えています。年が明けましたら早々にでも」
「ふん…そうか」
一応話は聞いているが、昭二に仕事の話は興味がない。
ただ、話のツナギにしているだけで、その視線は悟の顔から離れることはなかった。
どこか好色めいた脂ぎった視線である。
元々昭二は漁食家で、流石の怜子もそれには手を焼いている。
とっかえひっかえ女を漁るため、いつ何時落としだねなど現れるか知れないという不安もある。
ただ最近は女もさることながら男 ―― 美少年にまで手を出し始めたとも聞いていた。
尤も男相手なら子供ができることもないからそう言った意味では安心なのだが ―― 。
流石に悟は「少年」という年齢ではない。
しかし、由美子に似た美貌を昭二が見逃すはずもない。
仮にも「息子」ではあるが、そんな禁忌はこの男には存在しないのだ。
「あと、今年は母の喪中に当たりますので年始のご挨拶は控えさせていただきたいと思います。本日はその無礼のお詫びと本年お世話になりました御礼言上に参りました」
昭二の嘗め回すようないやらしい視線と怜子の刃のような殺気めいた視線。
更に栗原の侮蔑の視線を、悟は正面から跳ね返し続けていた。






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初出:2003.06.25.
改訂:2014.10.25.

Fairy Tail