Strategy 09


玄関に入っていく悟を見送ると、飛島は車を裏の駐車場に回した。
数人の若衆と思われるチンピラがチラチラとこちらを気にかけるが、特に言いがかりをかけてくる気はなさそうである。
尤も、例え外腹とはいえ仮にも組長の息子である悟に連なるものである。
手出しをして下手に怒らせてはヤバイことくらいの知能はあるだろう。
それでも、無視しているわけには行かないのだろう。
なにか言いたげな気配を察して、逆に飛島のほうから挨拶だけは済ませておいた。
「皆様にはいつも高階がお世話になっております。高階が戻るまでこちらで待たせていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
飛島は、誰が見ても一流企業に勤めるエリートのイメージが離れない外見を持っている。
背が高く、短く刈り込んだ髪型といい、男ぶりも悪くない。
着ているのは地味なスーツではあるがそれがしっくりと板につき、いかにもやり手のビジネスマンという感じである。
そんな彼の方から、たかがチンピラ風情にへりくだった態度で挨拶をすれば、当然悪い気はしないはずであった。
「あ、ああ、別に俺たちは構わねぇよ。なんだったら中に入るか?」
「いえ、私はこちらで構いません、どうぞお気遣いされませんよう。それでは待たせて頂きます」
恭しく一礼までされれば、チンピラたちもそれ以上は手出しをしようとはしない。
その辺りは既に計算済みである。
無論、小柴組に関してのいい印象などは持ち合わせてはいない飛島である。
いや、むしろ憎悪すら抱いているといったほうが正しいかもしれない。
悟を縛り付けている諸悪の根源 ―― その大元の居城であるから。
(こんなところは、悟さんには相応しくないというのに…)
いずれは解放して見せる。その布石は既に打ってある。
ただ、今はまだ早い。まだその時ではないことは重々承知している。
一歩間違えれば生命の危険さえあることも承知していた。
そう、それは決して誇張ではないことも覚悟している。
運転席に乗り込んだまま、飛島は書類をいくつか取り出すと、それを目に通し始めた。
一見して時間つぶしに見えるが、実は視線は書類の表面を追っているに過ぎない。
助手席との境にあるアームに肘をおいて頬杖を着きながら、実は全ての神経は左耳にはめられたイヤホンからの会話に向けられていた。
流石に小柴組の本宅に盗聴器をつけるのは至難の技であった。
だから、悟のスーツに忍ばせている。無論、当の本人には内密であった。
そういった点では悟は隠し事ができない性格であり、どうしても意識してしまうのは目に見えている。
(悟さんが知ったら…やはり怒るのでしょうね?)
姑息な手段であることは十分承知である。
でも、虎や獅子を相手にするのと狐狸を相手にするときとでは戦い方が変るということはあたりまえのことだ。
ましてや相手の首謀格は九尾の女狐ともいえる怜子である。
何を企んでいるか判らないし、そもそも常識の通じる女でもない。
そして、直接自分が手を汚すこともなく、男を手玉にとって操ることに何のためらいもない女である。
耳に入るのは怜子や栗原の揶揄する声である。それにただ堪えている悟を思うと、飛島の心境は引き裂かれるように辛い。
しかし、今はそれしかできないのも事実で、それは悟もわかっている筈だった。
(貴方を…必ず自由にして差し上げます。今は堪えてください)
ぎゅっと握り締めたハンドルに、自然と力が入る。
遠目には全く何事もないように見せかけながら、飛島の心中では爆発寸前の怒気がくすぶりつづけていた。






08 / 10


初出:2003.07.09.
改訂:2014.10.25.

Fairy Tail