Strategy 11


飛島に自宅のマンションまで送らせた悟は、一人きりの暗い部屋に帰ると、居間のソファーに倒れこみ天井を仰ぎ見た。
『私にとって大事なのは貴方だけですよ、悟さん。小柴建設も葵建設もどうなろうとも構いません』
耳に残るのは飛島の強い思い。
憎からず思っている相手がそこまで自分を大事に思ってくれているということは、確かに嬉しいし安心する。
しかし、
(小柴はいい。どうなろうと俺だって知ったことじゃない。だが、葵は…死んだ爺さんが作った会社だ。母さんが身体を張って守った会社だ…)
葵建設の借金がなければ、悟の母、由美子が小柴に囲われることはなかっただろう。
無論、それが全て仕組まれていたことだということも、今の悟は知ってはいる。
由美子の美貌に目をつけた小柴昭二が、あの手この手を使って葵建設の仕事の邪魔をし借金を作らせ、その返済免除のために由美子が小柴の手の落ちたということも。
そして、挙句には事故に見せかけて祖父を専属の建築士ともども殺したということも ―― 。
『よく考えてください、悟さん。葵建設なんてお母様にはどうでも良かったはずです。お母様が心から大事にされていたのは貴方です。貴方が苦しむ姿をお母様が喜ばれると思いますか?』
由美子にとって、悟は自分を陵辱した男の子供である。憎んで当然のはずなのにそんな素振りは一度たりとも見せなかった。
だからといって小柴を許していたということはありえない。
悟の記憶にある限り、由美子はたまに訪れる小柴昭二を恐れていたはずだ。
そしてあの男が帰るといつも仏壇に向かって泣いていた。
『貴方まで、小柴というクモの巣に囚われることはないはずです。私は貴方を自由にしてあげたい。そのためなら何だってやりますよ』
(飛島は本気…なんだな。俺も決心すべきかもしれない…な)
自分が一人ではないことは判っている。
側にいてくれるのが飛島だけでも ―― いや、飛島であれば恐くはない。
決心した悟はソファから起き上がると奥の和室に向かい、小さな仏壇の前に立った。
「母さん、俺、どうやらえらいヤツに惚れられたらしいよ。あいつには負けられないし…決心しようと思う。爺さん悪いな。葵建設は諦めてくれ」
そこには早くに亡くなったという由美子の母と事故で死んだ父 ―― つまり、悟の祖父母 ―― 、そして祖父の事故に巻き込まれて死んだという従業員の位牌にかこまれて、花のように美しくたおやかな由美子が写真の中で聖母のような微笑を浮かべて悟を見守っていた。






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初出:2003.07.09.
改訂:2014.10.25.

Fairy Tail