Strategy 12


年が明けると、飛島は悟に一枚のディスクを提出した。それにはあらゆるパターンを想定した葵建設の再建シュミレーションが組まれており、飛島の実力を認知している悟でも目を見張る出来栄えとなっていた。
「お前…マジに恐いやつだな。つくづく敵に回さなくて良かったと思うよ」
「最高の誉め言葉…と受け取ってよろしいですか?」
「ああ、そう取ってくれ」
これによると、葵建設の重役は全員給与の30%をカットまたは早期退職となり、その他一般従業員も最大で10%の給与減額が必要となる。
ちなみに取締職にある悟は50%のカットを計上されていた。
「ま、いいさ。家賃払っても食費ぐらいは残りそうだな」
「よろしければ私のマンションに同居という手もありますが」
「それは却下」
しかし、これを重役たちが飲むとは到底思えない。
会社のためなどということがいかに虚しいことかは判っている。
ましてや葵建設の重役といえば、殆どが小柴グループからの天下りで、ヤクザの禄を食んだ者だっている。一筋縄で行くような連中ではないのだ。
「この条件を飲まないのなら、それはそれで構いません。会社そのものが危なくなるだけですから。ただしその場合には貴方にリスクが生じないよう手配させて頂きますが、よろしいですね」
「ああ、任せた。俺も腹を括ろう」
そもそも悟の専門は会社運営や経営ではなく建築設計の実務である。そのために一級建築士の資格も持っている。
大学在籍時には某企業の小さなコンペでの入賞経験もあるほどの実績さえあるのだった。
別に今更社長職などというものに未練はないし、小柴の息のかかった社員のために自分の身を犠牲にする気はさらさらない。
飛島にうまく嵌められたような気がしないでもないが、もはや賽は投げられた。あとは凶と出るか吉と出るか。
しかし、どちらの結果になっても後悔はしない自信はあった。
一人ではなく、二人であるから ―― 。



怜子の元に葵建設のリストラ計画の知らせが入ったのは、1月も終わりを告げようとしている寒い木枯らしの夜だった。
しかし怜子がいるのは暖房が完備された高級ホテルのスイートルームで、キングサイズのベッドに肉感的な肢体を投げ出して書類に目を通していた。
「随分と思い切ったことをやってくれるわね。それだけ必死になってるってことかしら?」
まるで他人事のような口調ではあるが、筆頭株主である立場上、葵建設の再興には必然的に責任が生じているのも事実である。
しかも、
「既に何人か早期退職に乗ったものもいるようですが、中には小柴グループへの復帰を望んでいるものもいるようです。いかがされますか?」
組関係の話なら怜子の相手をするのは栗原であるが、会社経営の場合は顧問弁護士の笹原が相手になる。
勿論、この男も怜子の手駒の一つで、バスローブに身を包んだその男は、怜子の横に腰掛けると白い背中に指を這わせていった。
「受け入れる余裕なんて、こっちにだってないわ。自分の身の振りくらい自分で考えろって言ってやって」
「おやおや、随分と冷たいですね」
「使えない人間は嫌いなのよ。目障りなだけね」
とは言うものの、ここまでリストラを推し進める以上、葵建設からの上納金が暫くは見込めないのは事実である。
葵建設にとっての親会社は小柴建設であるが、その小柴建設も実は小柴組のフロントカンパニーの一つに過ぎない。
そもそも小柴組自体が関西を拠点とする難波会の系列傘下であり、当然、上納金を納める立場にある。
小柴建設の業績は、例の記事が発表されてから下降の一途を辿っている。ある意味では葵建設よりはるかに危ない状態であるのも事実である。
しかも怜子の面子上、リストラなどは考えられてさえいないため、回復の兆しは皆無といっても間違いはない。
経費を削減できない以上、とる手段は収入を増やすことしかない。
「うちも何か、大きな仕事受けることを考えるしかないわね。そう…できたら公共事業がいいわ。うまくすればイメージ回復にもなるでしょう?」
「そういえば、近頃また首都圏再開発計画の話が出てきているようですね。これに食い込めればかなりの高得点になるのではないですか?」
世論的には税金の無駄遣いだとか言われているが、建築業界にとっては大きな利益の温床である。
無論狙っている企業は数知れないであろうが、自分たちは優秀だと思っている連中は、とかくマイナス思考にはならないものである。
「東京ね…あそこは蒼神会のシマだけど…そういえば蒼神会って確か、会長が不在だったわね」
関東の蒼神会といえば関西の難波会と並ぶ日本でも最大級のヤクザである。本家は藤代組という新宿近辺を拠点とする広域指定暴力団であるが、初代会長はちょうど一年ほど前に病死し二代目も事故死している。
今は二代目姐が藤代組の組長代理を務める一方で会長は初代姐が権限を振るっていた。
だからといって人材がないわけではない。三代目となるべく人物はしっかりと存在し、ただ現在は学生の身分であるために襲名をしていないということになっている。
そう、蒼神会藤代組次期三代目組長はいまだ22歳の藤代龍也で決定され、大学卒業を待って襲名式が行われることは周知の限りであった。
「蒼神会ね…フフッ。楽しいことを考えついたわ。栗原を使って面白いゲームでも始めましょうか?」
怜子はニヤリと淫蕩な笑みを浮かべると笹原の首に腕を絡め、赤く濡れた唇を押し点けていった。






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初出:2003.07.16.
改訂:2014.10.25.

Fairy Tail