Strategy 13


飛島が悟を自宅まで送って自分のマンションに戻ると、既にそこには一人の少年が待っていた。
「あ、お帰り」
「…勝手に入るなって言ってる筈だろ?」
上着を脱いでネクタイを緩めると、当然のように少年がまとわり着いてくる。まるで悪戯盛りの子猫のような少年である。
年の頃は10代半ば ―― 高校生か、下手をすれば中学生にも見えた。
「いーじゃん、可愛い弟が遊びに来てやってんだから」
「弟には間違いないだろうが、可愛くはないな、智樹。お前、学校は?」
「明日から入試休み。ね、それより腹減ってるんだけど、何か作ってよ」
「コンビニでなんか買って来い」
そう言って無造作に財布を投げると、智樹と呼ばれた少年は、
「ちぇっ、ひでぇ扱い。悟さんとは随分な差だよな」
といいながらも受け取った財布を返そうとはせず、そのまま玄関に向かった。
そして靴を履きながら思い出したように、
「あ、そうそう、データは移しておいたから見といてよ。なんかヤバイことになってるみたいだね。じゃ、ちょっと弁当でも買ってくるから」
智樹はそう言うと軽く手を振って外へと飛び出していった。
鳥塚智樹 ―― 現在15歳の高校一年生。飛島とは異母兄弟にあたる少年である。
智樹が出て行くと、飛島は疲れたようにため息を一つつきながらも、自分の書斎に入り点きっぱなしになっていたパソコンの前に腰を下ろした。
スクリーンセイバー状態だった画面がマウスを動かすとパスワードの確認画面を表示するので、手馴れた仕草でコードを入力する。そうして現れたデータの一つ一つを確認していくうちに、飛島の表情は益々険しくなっていった。
「よくこんだけ阿漕な事を思いつくよね。ある意味感心しちゃうよな」
いつの間に戻ったのか智樹が一緒になって画面を覗き込み、軽い口調で言ってのける。
「この蒼神会ってのもヤクザでしょ? こっちも一応調べておいたよ。でも、やっぱ東京のヤクザは違うよな。セキュリティがしっかりしてて、流石の俺でもメインまではいけなかったよ」
「珍しいな、お前がお手上げか?」
ちらりと飛島が智樹のほうを見ると、当の智樹はニヤリと意味深に微笑んだ。
「いや、もうちょっと時間があれば攻略はできると思うよ。でも、そこまでする?」
「いや、今のところ蒼神会に用はない。それより小柴だな」
と二人でパソコン画面に食い入る。
表示されたデータは、小柴組の最近の動きと電話の盗聴記録、更には上納金の動きやその他裏の仕事振りが殆ど網羅されていた。
そのデータの全てを入手したのは、ここにいる智樹である。
一見してごく普通の高校生。しいて言えば『格好いい』といわれるよりは『可愛い』と言われるタイプの少年である。
しかしその実態は ―― 通称Bird(バード)と呼ばれる、国際的にも有名なハッカーであった。
「奴等、とうとう蒼神会まで敵に回すつもりみたいだね。ヤクザなんて馬鹿の集まりだとは思ってたけど、これほど身の程を弁えない馬鹿ってのは見てて腹が立つよな。あ〜やだやだ」
まるで汚いものを見るように、智樹が心底嫌がって見せたが、特に盗聴記録をチェックし始めると飛島は眉をひそめた。
蒼神会の現代表は先代と先々代の姐であるが、これはあくまでも代行にすぎない。
しかしこの春には新しく三代目組長の襲名式が行われることは決定事項である。
この三代目がもしも襲名直後に殺されたらどうなるか ―― ?
いくら不況とはいえ東京のような大都会ではシノギの量も質も地方とは比べようにならないはずである。
それを、小柴が狙っているとしたら ――
盗聴の内容はそれらを暗示した内容だったのだ。
「…で、どうする? この件、蒼神会に教えてやるの?」
小柴に利することは極力阻止するというのが飛島の考えである。それを知っている智樹であるからそう尋ねたのだが、
「いや、蒼神会クラスなら小柴の言いなりにはならないだろう。」
飛島の意見も尤もである。
情報が筒抜けの小柴と違い、蒼神会のメインコンピューターには智樹ですら容易に入れなかったということもある。
流石日本を二分するヤクザというか。おそらく人材にかけては小柴など足元にも及ばないはずである。
「小柴の目先が蒼神会に向いているならそのほうがやりやすい。手を貸す必要もないが暫く見張っておいてくれ。特に栗原の動きには要注意だ」
栗原の名前が出た瞬間、智樹の瞳に憎悪が浮かび上がり、可愛い顔をした小悪魔がその一瞬、メフィストフェレスに変る。
「栗原…ああ、あの狂犬ね。あいつは絶対に地獄に突き落としてやる」
それはまるで死の宣告とも取れる誓いだった。






12 / 14


初出:2003.07.16.
改訂:2014.10.25.

Fairy Tail