Strategy 14


年度末の決算も終了し新年度のスタートを切った4月のある日、悟は突然、小柴建設の本社ビル最上階にある会長室から呼び出しを受けていた。とはいえ、ある意味では小柴建設からの呼び出しは日常茶飯事である。
一瞬不快な表情を見せたものの、
「どうせ、リストラされた重役達があっちに泣きついてきたんで、何とかしろとかいうくらいだろ?」
そう高をくくって、それでも飛島と共に向かっていた。
「まぁそんなところ、とは思いますが…」
相変わらず趣味の悪い装飾品に彩られたホールからエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押す。
「くれぐれも油断されませんよう、ご注意ください」
「どうした? 随分と今日は心配性だな」
「いえ、何か嫌な予感がしますので」
どちらかといえば理論派の飛島が珍しく躊躇していることに、悟は怪訝そうに眉をしかめる。
しかし、
「大丈夫だよ、お前がいてくれるからさ」
そういうと飛島の背中をポンポンと叩いて、エレベーターを降りた。
小柴の実質中枢である怜子についてはほぼ完全にその行動を掌握している飛島である。
それに付随する栗原や笹川に関しても同様である。
ところが、今日の呼び出しは小柴昭二から直接のものであり、それが飛島を不安にさせていた。
小柴昭二は当然、小柴組の現組長で小柴建設の会長である。
本来なら黒幕中の黒幕であるところであるが、表向きは色に溺れ組のことも会社のこともタッチしていない。
無論、最初からそうであったわけではなく、若い頃は栗原以上の武道派で知られ、かなり名も上げていたらしい。
それゆえに関西を拠点とする難波会から関東の足がかりとしての小柴組という代紋を預かることになったわけであり、その立場は今も変わっていないはずだった。
ただ、難波会のほうが現在内部で問題を抱えており ―― 昨年の秋に難波会長の息子がバイク事故で死亡したため、跡継ぎ問題が急浮上していた ―― 関東のほうまで手を回す余裕がなくなったというのが現状である。
そのために既に関東に出てしまっている小柴にはその跡継ぎ問題に関しての発言権がない上に、本部の意向が固まらない以上、動きようもない。
そして、本部の采配がどう決まろうとも、もはや小柴が難波会中枢に参画することはありえない状況であった。
若ければヤケを起こして難波会からの独立や、逆に関東を手に入れてそれを盾に難波会での発言権を強めるということもありうる。
しかし、それだけの覇気は老齢に達した小柴にはもはやなく、今のこの男には我が世の春を楽しむことだけが人生となっているはずだった。
「まぁ確かに。あんな男の身内ってのはいい気分じゃないんだけどな」
会長室を前にして、悟はふと呟いた。
「悟さん…」
「でも俺は俺だ。そうだろ?」
ついこの前までは、このビルに足を入れることさえも毛嫌いしていた悟である。
それが自分も戦うことを決めたときから、もはや迷いはなかった。
飛島も初めて見るような凛とした、清清しい雰囲気に息を呑む。
「ええ、そうですね。貴方は貴方だ。他の誰でもない」
「だろ? じゃ、行ってくる」
ノックをして中へは悟のみが通される。
それを見送った飛島は改めて確信していた。
(貴方は…やはりあの方の血を引いてますね。戦う目がお母様にそっくりですよ)
儚げでたおやかで、それでいて凛とした美しさに満ちていた悟の母。
その姿を久しぶりに思い出して、飛島は硬く閉じられたドアの向こうを安じていた。






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初出:2003.07.19.
改訂:2014.10.25.

Fairy Tail