Strategy 15


装飾やらは趣味の低さを物語って入るものの、流石にヤクザの組長が使う部屋だけあって、閉ざされたドアの外からは会長室の中の様子をうかがい知ることは不可能だった。
もちろんここには盗聴器なども一切仕掛けてはいないし、今回は悟にもたせる事もしなかった。
腹を括って小柴から離れる決心をしたとは言っても、悟の性格では正々堂々をよしとするところが在る。
それでは九尾の女狐である怜子相手に苦戦を強いられるのは必定であるが、それが性分なのだから仕方がない。
考えが甘いとかいうのではなく、相手に合わせて自分まで堕ちることはないという考えであり、そういった清廉さが飛島には好ましかった。
だからといって、飛島までそんな正道を行くはずはなく、それを知っているからあえて悟も聞かないというところがあるのは事実である。
(でも、やはり盗聴器くらい持たせるべきだったか? まさかここで何かするとは思えないが…?)
たった一枚のドアだけでも、このせいで悟の姿が見えないというのは不安になる。
そのため、会長室のドアを睨みつけるように立っていた飛島の元へ、耳障りな男の声が擦り寄ってきた。
「これは…葵建設の優秀な秘書さんもおいででしたか?」
小柴系列会社の法律顧問、笹川正雄弁護士である。
もちろんこの男も怜子の情人の1人で、実際、つい先日にもそれは確認してある。
しかも法律家でありながら、やっていることは法の抜け道を掻い潜ることで、当然のように好意など持てようがない。
しかし、
「いつもお世話になっております、笹川先生」
愛想が良いなどとは言われたことがないため、あくまでも仕事の上での挨拶に尽きる。
ましてや悟がいればともかく、笹川はエリートを自負しているため、その下の飛島では話などないといった態度を示すのが常であったはず。
ところが、
「ああ、そういえば会長が悟君をお呼びだとか言っていたね。丁度良かった、君に話があったんだ。ちょっといいかね?」
「なんでしょうか? 私はここから離れるわけには行かないのですが」
正確には『離れたくない』だが、怪訝な表情は隠しようがない。
「ちょっとね、込み入った話だから…大丈夫、悟君が戻る前には終わらせるよ」
確かに、ここではいつ誰が来るとも限らない。
飛島は仕方がなく笹川に従い、会長室の斜め向かいにある会議室へと付き合うことにした。
「いや実はね、君のところの葵建設をリストラになった連中が、本社への復帰を願い出ていて、こちらとしても困っているんだよ」
「そうですか」
葵建設のリストラはとりあえず終了している。辞職したのは約20人。内半数が重役クラスで、残り半数は一般事務が殆どであった。
この不況下では再就職が難しいことは判るが、そこまで構っていられないというのが実情である。
ましてや、やめた重役の全員が元小柴建設からの出向者で、今までにかなりの年収を上げているはずである。
「こちらとしては早期退職を取り消すわけには行きませんし、次の就職先に推薦できるようなところもないというのが事実です。お恥ずかしい話ですが、葵建設も現在好調とは言いがたいところですので」
「ああ、それはわかっている」
笹川は飛島に断りもなく胸のポケットから煙草を取り出すと、そのまま咥えて火をつけた。
業績の悪化はグループ全体に及んでいるはずである。その中でも葵建設はまだいいほうで、中には不渡りを出したところもあると聞いている。
もちろん小柴建設も危ういのは間違いないが、そもそもがヤクザのフロントカンパニーである。
飛島には何の感慨もないのが現実だった。
「そこでだ、この際グループを縮小して幾つかの会社を整理しようという話が出ているんだ。葵建設は割りと順調だから、本社の方が丸抱えしようと思うが、どうだろう?」
確かに葵建設はグループ内でも負債額がはるかに少ない。
否、寧ろ危ないのは本社の方で、葵建設の利潤を食いつぶすことになるのは目に見えている。
「もちろん取締役として悟君には会社に残ってもらいたいんだが、いっそのこと柏木が持っていた株を買い取ってはどうかな? それで悟君の発言力が上がるのは悪いことじゃないと思うんだがね」
笹川の魂胆は目に見えている。実際、葵建設の中でも仕事ができるのは悟や飛島くらいのものである。やめられて困るのは小柴のほうであろう。更に、株の買取云々の裏もわかっているから、わざと
「それは…私の一存では何とも申し上げられません。第一、高階に株を買い取るだけの資金があるかどうかもわかりませんので」
そう相手の出方を伺うと、
「何を言っているんだい? 悟君には由美子さんの保険金があるだろう? まだ申請していないそうだが、なんだったら手続きは私のほうで進めてあげてもいいんだよ」
まるで死肉に群がるハイエナのようである。
いかにも善意で言っているように見せかけながら、舌なめずりをせんばかりの態度を飛島は見逃さなかった。






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初出:2003.07.19.
改訂:2014.10.25.

Fairy Tail