Strategy 21


ぼんやりと窓の外を眺めていた彼女の耳には、しとしとと振り続ける五月雨の音だけが届いていた。
彼女 ―― 篠崎美紀がその離れに軟禁されて、既に一週間近くがたとうとしている。
軟禁とは言っても、生活に困るようなことは全く無い。
出される食事は一流品で、ブランド物の洋服も与えられたクローゼットに所狭しと並べられている。
ただし食欲がないので食事は半分以上を残しているし、服にいたってはそれを着ても出かけることはできないというだけである。
元々、親の借金が元で16歳でヤクザに売られた身である。
結局その親も自分を残して幼い弟と無理心中に走り、この世には既にいない。
残ったのは更に膨れ上がった借金で、当然のようにその返済のために風俗で働かされ ―― 売春まがいのことも既に経験済みである。
しかし、その次の職場は違った。
大本はヤクザの支配下ではあったが、表向きは普通の建築会社、葵建設の秘書課に配属されていた。
本来であればそれは彼女の夢であり、その一方でかなうはずなど無いことは判っていた。
ろくに高校も出ていないのだ。いくら小さな会社でも、そんな自分を雇ってくれる ―― ましてや秘書課など ―― ところなどあるはずも無い。
もちろんそれには条件があり、それは社長の高階 悟の動向を小柴組に知らせるということだった。
いわばスパイである。
しかもついでに悟の片腕である社長秘書の飛島隆志を篭絡しろと ―― 。
しかし、そんなことは関係なく、会社勤めというなんでもない生活が美紀には嬉しかった。
しかも探れといわれた二人の男は美紀がいままで客として接してきた男たちとは全く違っていた。
確かに、悟はともかく飛島は仕事には厳しかった。
しかも高校すら出ていない上に初めてのOLという美紀に、秘書課の仕事がすぐになじめるはずも無い。
それでも外見や年齢など関係なく、仕事ができるか否かで相手を見るその二人に、美紀は素直に自分の非力を感じ取り、喜んで勉強をしたいと思えた。
努力すればきっと彼らにも自分という存在を認めてもらえる ―― そう思えたから。
ところが、会社のリストラが発表されたとき、そのリストには当然美紀の名前もあった。
それは自分が未熟であるから仕方がないことであり、今から思えば、飛島が社内にある小柴派一掃を図ったものということも判ってしまった。
つまり、彼らから見れば自分もまた小柴組の一党の者であると ―― 。
それは悔しい以上に悲しく、辛かった。でも事実には間違い無い。
でもその悔しさは彼女に新しい希望も持たせていた。いつか ―― ちゃんと勉強をして、また会社勤めができるかもしれない。
そんな儚い希望が ―― 。
しかし、その希望もいまや無残に打ち砕かれていた。
次に与えられた美紀の任務 ―― それは、
「そんなところにおると、風邪を引くぞ」
しわがれた老人の声に、美紀の身体は無意識に震えた。
「さぁこっちへおいで、また綺麗にしてあげよう」
肩に手を掛けられて振り向かされると ―― そこには好色に染まった1人の老人がした舐めずりをしていた。
「旦那様…」
「早う来い。ふふっ…今日はどんな服を着せてあげようかの? 由美子はどんな服が好きかのぅ…」
そういいながら美紀をクローゼットの前に立たせると、着ていたバスローブを脱がせて新しい服を着せ始める。
(まるで着せ替え人形みたい)
毎日、小柴の手によって服を着せられ、その上で犯される。しかも、自分は篠崎美紀という名前すら使うことは許されない。
小柴にとって、美紀は由美子 ―― あの悟の母なのであった。
一週間ほど前に悟を我が物にしようとして、それに失敗した小柴は、その時から精神に狂いが始まっていた。
いや、既に自分の息子を犯そうとしたこと自体狂っているとしかいえない。
しかしそれ以上に、女を前にすると、全てそれが由美子に見え、所構わず襲い掛かるとなれば ―― 流石の怜子も小柴の幽閉を決断するしかなったのである。
そして、その狂った野獣の貢物に選ばれたのが美紀であった。
「おお、由美子は何を着ても綺麗じゃなぁ。よしよし、さぁ今度はこっちへおいで。ゆっくりと可愛がってやろうなぁ」
そういう口調はあくまでも優しいが、掴んだ腕の強さは眉を顰めるほどの強引さがあった。
抵抗などする気もないのに、それでも力任せに寝室へ連れて行き、ベッドの上に身体を放り投げる。
「痛っ…旦那様、どうか乱暴は…」
そう懇願しても聞き入れられることは無い。
折角自分の手で着せたにも関わらず乱暴に服を引きちぎり、美紀の白い身体に貪るようにのしかかる。
「由美子は儂のものじゃ、誰にも渡さぬぞ…」
「旦那様…ううっ…そんな強く…ああ…」
美紀の柔肌にはここ数日の陵辱による痣や噛み傷が無数に散らばっている。そして今日もその数は更に増えるはず。
(ここから逃げられないなら…このまま死んでしまうのもいいかもしれない)
そんな諦めに心を静めたその時 ――
「うっ…ううっ…」
自分にのしかかっていた小柴が、急に胸を押さえて苦しみだした。
「旦那様…?」
脂肪に包まれた身体が覆いかぶされ、ひくひくと小刻みな痙攣を見せる。
どうにかその身体の下から這い出してみれば、その様子が尋常でないことは確かであった。
「あ…だれか…誰か来て! 旦那様が!」
目の前に見せられた『死』の影に、美紀は恐ろしさの余り叫んでいた。






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初出:2003.07.26.
改訂:2014.10.25.

Fairy Tail