Strategy 23


組長の不在は士気にも関わることであるため、小柴の入院は本部担当の組員と幹部を含む極少数のみが知るところであり、下には一斉の緘口令が敷かれている。
そのため、悟や飛島も表向きは新規事業の営業目的という理由をつけ、怜子には都内の有名病院に小柴のカルテを鑑定してもらい、最善の治療を依頼するためと称して出張の手続きをとった。
悟が小柴を毛嫌いしていることは、怜子もよく知っている。
そのため、それを聞いたときには一瞬怪訝そうな顔を見せたが、すぐに悟の思惑に気がついたためそれを了承していた。
そう、今でこそ悟は葵建設の社長職にあるが、それも元はといえば小柴の息子であるからに過ぎない。
大学を卒業して間もない青年が社長職など、親の七光り以外何者でもないのだ。
つまり、今小柴に死なれては悟にも未来がないということであり、そのためにも最大限の延命治療をせざるを得ないはず ―― と考えたのである。
無論、そんな考え方をするように怜子に吹き込んだのは、飛島の綿密な計算によるものである。
実際は悟には葵建設に対する未練はないし、小柴の延命を望むのは復讐からに過ぎない。
ただし、それは決して怜子や小柴組の者には知られるわけにはいかないことであった。
本当の目的は ―― 『敵の敵は味方』の戦法で小柴を叩きのめすためである。
そう、ヤクザ相手にケンカを売ろうというのだから、こちらもヤクザの力を利用して何が悪いという究極の選択である。
先日、会社に戻った飛島の元に訪れたメッセンジャー ―― それは、関東を拠点とする日本二大会派の暴力団、蒼神会からのツナギであったのだった。



世の中は未曾有の大不況などといわれているが、それでもやはり日本の首都東京の夜は歓楽街が盛況に賑わっている。
そんな虚飾のネオンを見過ごして悟と飛島が向かった先は、日本橋のオフィス街の一角にある高級料亭であった。
これで採算が取れるのかと疑うほどの静けさであるが、客層が政治家や大企業の幹部とあっては納得もできる。
無論、一見の客はお断りという店であった。
「高階様でございますね? どうぞ、こちらへ」
玄人上りとしか見えない女将に案内されて二人が向かった先は、手入れの行き届いた箱庭を有する静かな離れであった。
「失礼いたします。お客様をお連れいたしました」
「ご苦労、通してくれ」
女将が三つ指をついて襖を開けると、そこには見るから高級なスーツを着こなした精悍な男が待っていた。
蒼神会藤代組組長、藤代龍也。悟とは学年で2つ下になる23歳だが、その威風堂々とした態度は流石に組を取り仕切るだけあった。
190という長身には無駄な肉は一切付いておらず、一種独特の雰囲気を持っている。
若いながらも堂々とした態度は、さながら生まれながらにして頂点を極める者とでも言うべきではないだろうか。
揺るがない自信と確固たる信念、そしてそれを推し進める行動力にため息をつくのは女だけではないはずである。
(流石、格が違うな。こんなヤツに勝てるつもりでいるとは…小柴の連中はほとほと見る目がないんだな)
悟とて物心付いた頃から組の人間は見てきている。
しかし、ここにいる藤代といい、その背後に控えている配下の者といい、小柴とは全く違う格の差は一目瞭然であった。
これでは戦争など起こす前から結果は見えているというようなものである。
「お付きのかたはどうぞこちらへ。別室をご用意しております」
女将に案内され、飛島と龍也の側近らしい男が別室へ移動する。
鋭く射抜くような視線の龍也に面と向かって、しかし悟自身に気後れはなかった。
「悪いが時間がない。回りくどい腹の探り合いはやめて、実際的な話しをしようぜ」
幾ら年下とはいえ、相手は仮にもヤクザの組長。
しかし、謙る気は悟にはなく、あくまでも対等の気でいる。
その豪胆さには流石に龍也も興味を持ったらしく、冷たく鋭い視線に好奇の色が浮かぶのを悟は見逃さなかった。
「あんたは小柴組が邪魔なんだろ? それは俺も同じだ。出来る事ならこの手でぶっ潰してやりたいくらいにな」
そう言いながら、悟は胸のポケットから煙草を取り出し、火をつける。
「だが、今の俺にはその力が無いし、時間も無い。となったら、あんたに協力するのが手っ取り早い」
「時間が無いってのはどういうことだ?」
「言葉の通りさ」
悟が横を向いて煙を吐き出し、灰を落とした。
「会長の小柴昭二は一昨日、心筋梗塞で倒れた。一応、意識は戻ったが、次に発作が起こると危ないらしい」
「何だと?」
最初からこちらの手の内を見せるなど、飛島辺りにはやり方が不味いといわれかねない。だが、
(この男、少なくとも後ろから刺すような真似はしないな)
ヤクザ相手に信用するということは無茶な話であるが、なぜか悟はそう確信していた。
やるなら正々堂々 ―― 無論、策略は図るだろうが、少なくとも姑息な手段をとるような小物ではないはず、と。
「ヤツには簡単に死なれちゃ困るんだよ。せめて、テメェの組がぶっ潰れる様でも見せ付けてやってからじゃないとな」
色白の肌に怒気が漲っている。
それを見た龍也も、面白そうにニヤリと笑みを浮かべた。
「判った。ヤツが生きている間に小柴組を潰してやる。手始めに資金源を断って揺さぶりをかけてみるか」
龍也は酒をグラスに注いで悟にも薦めながら、別室の側近を呼びつけた。






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初出:2003.07.30.
改訂:2014.10.25.

Fairy Tail