Strategy 25


稲垣グループといえばコンピューターのハードからソフトまでを総合開発している、世界でも有数の大企業グループである。
剛志はそのグループの頂点、会長職についている。
もともと飛島も稲垣家の人間である。
しかし母親が一人娘で名立たる旧家の出であったため、母方の実家を継ぐべく幼い頃に飛島家に養子に出された。
その後、飛島家は隆志以外の人間 ―― と言っても、祖父母しかいなかったが ―― が亡くなり、稲垣家に戻されはしたが、姓は戻すことはなかった。
そのためにこの兄弟は、血の繋がった実の兄弟でありながら苗字が違う。
隠しているわけではないが、言いふらして歩くほどのことでもないので知っている者はあまりいなく、小柴もこのことは気が付いていないらしい。
更にもう1人、異母兄弟である智樹も母方の姓であるため、戸籍上は他人という複雑さを持っている。
剛志はチラリと玄関を見やり、隆志のものとは別にもう一足の靴が並べられていることに気が付いた。
(成程、だからチャイムを押させなかったわけか)
相変わらずの溺愛ぶりに苦笑が浮かぶが、ふと背後から細い声が掛けられる。
「では会長、私は車の方でお待ちしております」
「ああ、判った」
剛志と一緒に来ていた秘書の北原が、玄関には一歩も入ることなく会釈をして去っていく。
「北原さんもお入りになればよかったのに?」
北原というのは剛志の秘書で ―― もちろん、それだけではない。
だからこそ珍しく隆志が気を使うが、剛志は苦笑を残したまま奥へと向かっていった。
「アイツには構うな。寝不足で機嫌が悪いんだ」
そう言いながらニヤリと意味ありげな笑みを浮かべる兄を見て、隆志はため息混じりに尋ねた。
「…今日もこれからお仕事ですか?」
「ああ、接待ゴルフだ、もちろん接待される方だがな」
剛志はそう応えながら、勝手知ったると言うようにリビングのソファーに腰を下ろした。
「…で、高階君は?」
「眠ってらっしゃいます。くれぐれも起こさないでください」
「フン、起きれないようにしたんだろ?」
この辺りは、流石に兄弟というべきか。しかし
「まぁいい、そんなことより本題に入るか。俺も時間がないんでな」
そう言い放った剛志の目は、どこか嬉しそうな、楽しそうな色が浮かんでいた。もちろん、隆志には気づかせてはいないが。
兄弟でありながら別姓の他人となった三つ違いの弟を、剛志は幼い頃から不憫に思っていた。
子供が生まれれば一人は飛島姓を継がせると言うことが、実は両親の結婚の条件だったということを聞いてからは更にその想いは強くなり、そのために飛島家の祖父母が死亡して隆志が稲垣家に帰ってきたときには、踊りだすほどに喜んだものである。
ところが、物心付いた頃から飛島を継ぐことを聞かされていた隆志は、剛志に甘えようとすることはなかった。
飛島と稲垣は別の家という祖父母の教えが、既に身についてしまっていたのである。
おかげで隆志から何か言ってくることなどは皆無に近く、今回のような呼び出しでも、兄としては嬉しい限りなのである。
因みに普段の剛志の『弟を可愛がりたい病』は全て智樹に向けられており、智樹の方もそれを上手く利用している ―― というわけである。
「はい実は、兄さんのお力をかりて、25年前の件に詳しい人間を紹介して欲しいのですが」
「25年前? ああ、葵建設の社長の事故死の件か?」
幼い頃に将来を決められて、それ以外には興味も持たなかった隆志が、唯一心を開いた他人が悟である。
それゆえに隆志の頼みということが悟がらみであるということは想像に容易かったが、
「あれはもう、時効になってるだろ? 今更裁くのは無理だぞ」
「ええ、それは判っています。犯人が誰かなんてことはいいんです。主犯は判っていますから。それよりも当時の葵建設の内部事情を知っている人物を探して欲しいんです」
稲垣グループが開発しているのはコンピューター関係。
当然、オペレーションシステムの開発関係を通じて、警察や官公庁、更には政府内部にまでその情報網は広がっている。それこそ、その気になれば入手できない情報はないと断言できるほどに ―― 。
だからこそ、隆志の依頼等は容易いことである。ただ、何故それが必要なのかはわからないが。
「…判った。できるだけ信頼のできる相手を探してやる。明日中には連絡するが、それでいいか?」
「はい、お手数をおかけします」
「礼は…そうだな、今度、高階君を連れて食事に来い。落ち着いたらで構わないからな」
そういうと剛志は席を立ち、部屋をあとにしていった。






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初出:2003.08.02.
改訂:2014.10.25.

Fairy Tail