Strategy 26


小柴建設の専務である猶原が持ってきた書類を目にしたとき、怜子の怒りは頂点に達していた。
「これは、どういうことなのよ!」
怜子のヒステリックな声が響き渡り、下っ端連中がビクリと身を強張らせる。
「今度の公共事業の受注は、ウチになるって話じゃなかったの? 何で、藤代が受けてるのよ!」
怜子はその書類を身近にいた舎弟の一人に投げつけた。
頬を赤く染めたその男は、慌てて床に散らばったその書類をかき集めている。
「申し訳ありません、姐さん。いつの間にかこんなことになっておりまして」
「いつの間にかですって? 何を暢気なことを言ってるの? ああ、もういいわ、いいから早く宮島先生に連絡を取って頂戴。私が直接話すから」
イライラと手入れの行き届いた爪を噛みながら、怜子は再びその書類に目を通していた。
狙っていた首都圏再開発計画からは締め出しを喰らい、既に小柴建設としては経営危機とも言える状況である。
そのため、今度の計画 ―― 新幹線が停止することが決まった某駅に近い丘陵地にベッドタウンを建設すると言うニュータウン開発の入札 ―― は、生きるか死ぬかの瀬戸際とも言えた。
その今回の計画を落札したのは藤代興業。それが、蒼神会本家藤代組のフロントカンパニーであることは周知の通りである。
実際には更に子会社である八割型はカタギの会社が名を連ねているが、それがダミーであることは間違いない。
「どううことよ。これ…ウチが出した金額よりも高いじゃない。なのになんで…?」
書類を改めて確認すると、藤代興業が提示した金額は小柴建設が提示した金額よりも一割以上の高値となっている。
勿論、適正額の範疇ではあるが、それでも安値をつけた小柴よりも高値の藤代が取ったと言うことは、背後にそれなりの人脈を確保していると言うことであろう。
(つまり、藤代はこの辺りの政治家や役所にもすでに手を伸ばしているってこと? まさかこの前の襲撃の仕返し…いえ、いくらなんでもそんなにすぐに手を回すことなんて…でも…?)
と不審に思いつつ、怜子はある一点に気が付いた。
今回の入札はマンションなどの居住地区に限っている。
しかし、ニュータウンと銘打っている以上は商業地区も建設されるのは当然で、そちらの方は ――
「あ…なんて事…?」
商業地区に関しては土地の売買だけである。
小柴はそう言った大手資本との特別な繋がりを持たないため、初めから計算に入れていなかったが、それらの殆どが藤代グループに押さえられていた。もちろん一社独占ではない。
綺麗に分散していたため気が付かなかったのは迂闊であった。
(つまり、居住区の利益だけじゃなく、ニュータウンが稼動してからの利益も手の内ってこと? そんな、そこまで考えて…?)
それは、莫大な資本を有する藤代グループだからできることであるのは事実であるが、流石に怜子にそこまで自覚することはできなかった。
藤代龍也を襲撃させた件で、既に怜子には小柴と藤代が同格というイメージが出来上がっている。
しかし、こちらがあくまでも難波会系の出先機関であるのに対して、あちらは蒼神会の総本家。
却って同じ小柴のものでも、下っ端連中の方がはるかに現実を理解している。
「姐さん、すみません」
食い入るように見ていた書類を机に投げ出すと、あちこちに電話を掛け捲っていた若衆が玲子に声をかけた。
「宮島先生ですが、どうしても掴まりません。なんでも新宿で会議があるとかで…」
「新宿ですって?」
宮島は国会議員であるから都内で会議というのは話がわかる。
しかし、それならば永田町の議員会館で十分のはず。それが新宿 ―― つまり藤代組の本拠地とは?
「出て行って…全員、外に出て行って!」
既に怜子の精神は、他人から見てもヒステリーの絶頂にある。
猶原を初めとする手下の者たちも、その怒りに触れることを恐れ、静かに部屋をあとにした。
「新宿…宮島が藤代と手を組んだ? まさか、そんなことが…」
もちろん、新宿に行っているから宮島が藤代と手を組んだとは言い切れない。しかし、幾らなんでもタイミングが良すぎ、しかもこの前の密会の際にはそんな話は一切なかったはずだった。
宮島には、金も怜子の身体も何度となく提供してきた。無論、それがお互いに色と欲だけの繋がりであることも判っている。
しかし、
「冗談じゃないわ。こんなこと…絶対に許さない」
怜子は怒りで無意識に揉みくちゃにしていたハンカチを引き裂いた。
それでも怒りは収まらず、体中に熱い情念のようなものがわきあがってくる。
「栗原はいる? そう、すぐに私のところに来るように言って」
内線をとって舎弟に連絡すると、玲子は戸棚からウイスキーを取り出してストレートで煽った。
しかし、高ぶった感情は既にとどまることを知らない。ましてやアルコールでは言葉の通り火に油を注ぐようなものである。
「お呼びですか? 姐さん」
部屋に入ってきた栗原に玲子は何でもなかったように嫣然たる笑みを浮かべた。
そして手招きをして自分のそばに来させると、首に腕を回し、耳元に甘く囁いた。
「ねぇ、お願い。私の頼みを聞いてくれる? 今度こそ藤代龍也を殺して頂戴。そうしたら、主人亡き後には私の夫として、貴方を小柴組会長にしてあげるわ」
武道派らしく逞しい胸にしなだれて、怜子は真っ赤に染めた唇を栗原に重ねた。






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初出:2003.08.10.
改訂:2014.10.25.

Fairy Tail