Strategy 31


―― ピンポーン
不意に聞こえてきたチャイムの音に、ベッドに突っ伏すように寝入っていた悟が目を覚ました。
『なんだ、やっぱりいるじゃん。あけてくれてもいいのに』
リビングの方から聞こえてくるのは智樹の声。
悟は何気にサイドテーブルに置いてあった目覚まし時計を手に取り、時間を確認した。
「ん…11時過ぎ? まだ夜だよな。ガキがうろつく時間じゃないだろうが…」
中途半端な眠りは却って目覚めが良くない。特に悟は寝起きが悪く、暫くどうしたものかとベッドでごろごろしていた。
しかしそのうち、
「…腹減ったな」
考えてみれば、夕飯も食べずにベッドに直行である。智樹も来ていることだし、飛島に何か作らせてやれと寝室をあとにした。
ところが、
「あれ? いないじゃん」
電気はつけたままであるが、リビングには姿がない。辺りを見回すと、飛島の書斎の方から話し声が聞こえていた。
(また、智樹がなんかハックしてきたのか?)
そう思い、そっとドアに近づくと耳を傾けた。すると、
『由美子も馬鹿な女よね。小柴の子供なんか生んで、いずれは姐にでもなれると思っていたのかしら? そんなことしなくてもいくらでも方法はあるって言うのに』
『誰にも私の邪魔はさせないわよ。だから、由美子には先にあの世とやらに行って貰ったの。悟もそう。あの人を蔑むような目 ―― 見てるだけで腹が立ってくるわ』
( ―― 何? これは…まさか…?)
盗聴とはいえ聞き覚えのある声に、その主が誰であるかはすぐに判った。そしてその話の内容も。
それに気が付いた瞬間、悟はドアを思いっきり開け放っていた。
―― ガタッ!
「あの女だな。やっぱりあの女が…母さんを殺したんだな!」
「悟さんっ!?」
「そうだろ? そういうことなんだろっ! 応えろ!」
気の強さを見せ付ける強い瞳が、いつもに増して燦然と輝いている。
まるで、天然のダイヤモンドのよう ―― 地球の圧力にさらされて尚も輝く最高級の原石。
そんな輝きに魅入られていた飛島と智樹であったが、不意に悟が自室に戻ったため、慌てて追いかけてきた。
「悟さん、何やってるんです?」
聞かなくても ―― 見れば判ること。
無造作に着ていたバスローブを脱ぎ捨てると、悟はクロゼットから着替えを取り出し、あっという間に新しい服を身に着けていた。
「そこをどけ」
ドアに立ちふさがる飛島に、まるで敵のような視線を向ける。
「どこに行かれるおつもりです?」
「決まってるだろ? あの女を殺してやる」
「では、退けるわけには行きません」
「俺の邪魔をする気か? 退けけったら、退けっ!」
言うだけではなく行動で、まるで体当たりでもするかのような勢いで飛島に向かった悟であったが、あいにく体格でも腕力でも飛島の方が一枚上である。
殴りかかってきた腕をあっさりと逆手に取ると、背中でねじ上げるように押さえ込み、身動きを封じ込めた。
「離せっ!」
「それも却下です」
開け放しのクロゼットからネクタイを取り出すと、後ろ手で悟を縛り上げ、ベッドに押し倒した。
「私にでさえ簡単に捕まってしまうような人が、ヤクザ相手に何ができるんです? どこにも行かせませんよ、絶対に」
身体を乗り上げて悟を見下ろすと、悟の方もいつもにも増して鋭い瞳で睨み返していた。
「どうするつもりだ? 離せよ」
「イヤです」
一点の曇りもない瞳が、真直ぐに飛島を睨みつけている。
無論、飛島のことだからこういう状況になった以上は、絶対に悟を手放したりはしないということは判っていた。
それでも、真実を知ってしまった以上はじっと泣き寝入りなど、悟の性分ではない。
もちろん、今までだって母の死に関しては小柴組の関係を疑ってきた悟である。
特に、あんな最低の男でも由美子を溺愛していた小柴自身が動いたとは思っていない。
恐らく主犯は怜子に違いないと。それを黙ってみていたのは、惜しくも確証がなかったからである。
(でも…本当にそれだけか? 俺はもしかしたら…こうしてコイツに引き止めてもらうのを望んでいたのでは…?)
そんな気が、全くなかったとは言い切れないから ―― 気が付けば悟は飛島の貪るような激しい口付けを受け入れていた。






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初出:2003.08.20.
改訂:2014.10.25.

Fairy Tail