Strategy 33


心筋梗塞で入院を余儀なくされていた小柴昭二の容態は、今のところは安定しており、意識もはっきりとしていた。
しかも発作のショックが逆に利いたのか、精神に異常を来たしているとしか思えなかった言動がすっかり正常に戻り、それは往年の組長としての貫禄さえ取り戻そうとしてきていた。
そんな中、ある小包が届けられた。
「若、組長宛に荷物が届いているとのことですが」
本部付きの若衆が詰めている昭彦にそう告げ、1個の小包を持ってきた。
「特に危険なものではないようです。明けてみますか?」
「そうだね、パパ、開けてもいい?」
ベッドに半身を起こしている小柴に尋ねると、
「そうだな。包みをとったらこっちに渡せ」
そこで若衆は言われた通りに包みを開けた。
中にあったのは、何の変哲もない紙箱である。軽く振ると、カサカサという紙の音と何か小さい硬いものがぶつかる音がする。
しかし特に危険なものでないと判断した小柴はそれを開け、中身に手を伸ばした。
「これは…」
中に入っていたのは、おびただしい写真の数々。
映っているのは全て玲子と、小柴もよく見知った男たちの姿であった。
「物好きなヤツもいるものだな」
その一枚一枚が、全て盗撮であることは確実である。
どれも被写体に撮られているという意識はなく、ピントの照準も荒いものが多かった。
それでも、誰と誰かは良く判るものばかりである。そして、それが何をしているところかも。
偶然同席していた若衆にとっては、以前から噂されていたことが証明されたということに過ぎないが、それを見せられた昭彦にとっては衝撃的であった。
「何で? 何でママがパパじゃない人と一緒にいるの?」
しかし、それに答えた小柴の声は、恐ろしく冷静だった。
「これがお前の母親の正体と言うことだ。まぁ儂は昔から知っていたがな。わざわざ他人に教えてもらうことでもあるまい」
そう言って乾いた笑みを浮かべると、ベッドの上に散らばったその写真を全て、床の上に放り投げていた。
「ママ…ママぁ…」
それを、泣きながら昭彦がかき集める。
そんな姿を侮蔑に満ちた目で見ながら、小柴は部屋に残っていた若衆を呼びつけた。
「どうやらこれにも面白そうなものが入っているようだ。すぐに再生できるように準備しろ」
そう言って小柴が若衆に投げ渡したのは、一枚のCDであった。



大声を上げて泣きながら病院を飛び出した昭彦の耳には、病室で聞いた数々の言葉が刺のように胸を突き刺していた。
『昭彦? ああ、あの子には親孝行してもらいましょう。今なら、蒼神会の連中に殺されたってコトにできるじゃない』
『昭彦はね、栗原がヤク漬けにして客を取らせていた女の子供よ。私の子供でもなければ、小柴の血だってひいてはいないわ。アレは私が正妻になるための道具だもの』
「嘘だよね…ボクは、ママの子供だよねぇ…」
見かけは体格のいい大人の姿 ―― しかし、昭彦の頭の中はまだ親離れもしていない幼児以下である。
母親とは名ばかりで、どんなに記憶を辿っても愛情を向けられて事など一度もない。
幼稚園の遠足にも来なかったし、小学校の授業参観にだって来てくれたことはない。
それでも、昭彦にとっては最愛の母であった。
他の子供達の母親よりもずっと綺麗で、屈強の男たちをも従わせている強い母親。
それが昭彦にとっては自慢であり、誇りであったのだ。
それが ―― 。
『聞いてのとおりだ。お前は儂の子ではないらしい。まさか怜子の子供でもなかったとは驚きだが…まぁあの女ならそのくらいはやりかねんだろうな』
『栗原は破門にする。そうだな、土産に怜子もくれてやれ。あれとは離縁だ。それから笹川とも縁を切る。』
『すぐに悟を呼べ。小柴の血を引くものはあいつだけだ。組は悟に継がせる。何をしている? 昭彦、お前は用済みだ。どこへとでも消えうせるがいい』
矢継ぎ早に言われたことが、昭彦にはきちんと理解できてはいなかった。
ただ判ったのは、小柴には必要のない人間だということであり、自分は捨てられたのだということである。
もともと、母親に対する思いより父親に対する思いのほうが遥に低かったのは事実である。
だから、小柴に罵倒されたところでは特に心は痛まない。むしろ、怜子まで小柴に見限られたということがショックであった。
「ママ…ママは、ぼくが助けてあげるからね。わるいやつらにだまされてるんだよ。ぼくがたすけてあげる。ぼくが、ぼくが…」
連日の残暑で街は干上がるような暑さに見舞われている。
その中をブツブツと呟きながら歩く昭彦の姿は、一種異様なものがあった。
顔は涙と鼻汁でぐちゃぐちゃになり、身体中からはそのまま溶け出すのではないかと思われるほどの大量の汗が流れている。
「ままはぼくがたすけるままはぼくのことがすきままはわるいやつらにだまされているままはぱぱにもいじめられているだからぼくがままをたすけるままはぼくがすき…」
まるで呪文のようなその言葉を呟きながら、焦点の定まらない空ろな目をぐるぐると回しながら小柴建設の本社ビルへと向かっていった。






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初出:2003.08.23.
改訂:2014.10.25.

Fairy Tail