Strategy 34


―― ギギーッ
ドアが不意に開けられて、奥のソファーで抱き合っていた怜子と笹川は驚いて離れた。
「誰っ!」
ほんの少し明けられたドアの向こうに、誰かが立っているのは確かである。
しかし、それが誰であるかは判らず、怜子は誰何の声を荒げた。
「ここがどこだか判ってるの? 小柴建設の社長室よ。さっさと出て行きなさい!」
しかし、闇の向こうの人物はゼイゼイと荒い息を繰り返すだけで姿は現さない。
「全く、下の連中は何をやってるの?」
妖しい情事を邪魔された怜子は苛々とした口調で内線を取ると、すぐさま警備室を呼び出した。
ところが、
「ちょっと、誰もいないの? 全くふざけてるわね。職務怠慢もいいところだわ」
何度もコールをしても内線が繋がる事はなく、腹正しさに受話器を叩きつけようとしたそのとき、
―― カチャッ
誰かが受話器を手に取ったようで、やっと通話が出来るようになった。
「ちょっと、警備室は何をやってるの? 不審者が入ってきているわ。早く片付けて頂戴! ちょっと、聞いてるの?」
「…ううっ…うぐっ…」
苛々とした口調で受話器の向こうにいる人物に命令をするが、向こうから聞えてくるのは無気味な唸り声だけである。
その様子に、流石に不安を抱いた笹川は、上半身は裸のまま、そっとドアに向かって近づいていった。
「一体、何者だ? ここは普通の人間が来れる場所じゃないんだぞ? 全く判って…」
と丁度笹川の身体が遮蔽になってドアの隙間が一切見えなくなったそのとき、
―― ズブッ…
なんともいえない音が怜子の耳に届き、笹川の背中を銀色の刃が貫いていた。
「おまえは…」
深々と刺さった日本刀を引き抜くと、ドッと大木が切り倒されるように笹川の身体が倒れる。
仰向けに倒れたその胸元からは、鮮血が噴出すように流れ、白い壁に血飛沫が走った。
「な…誰か…」
流石にその光景に取り乱した怜子は、慌て引き出しにしまってあった銃を取り出し、ドアの向こうの人物に向けた。
今まで、何人もの人間を排除させてきた怜子である。
しかし、直接手を下すことはなく、その結果も人伝に聞くだけで見たことはない。
だから、今同じ場所に笹川の死体を前にして、その恐怖は尋常ではなった。
ムッとする血と硝煙の臭気に吐き気と頭痛が襲ってくる。
しかし、ガタガタと震えながらもその銃をおろすことはできなかった。
目をそらせば殺される ―― そんな思いにとられた時、
「ううっ…ヒッ…ま、ママ…」
闇から姿を現したのは、全身を返り血で染めた昭彦であった。
「ママ…ママ、なんで? ぼくはママのこどもだよね? どうしてあんなうそをいったの?」
「何のこと? それより、どういうことなの? これは…」
ぐずぐずと泣きはらし、顔は涙と鼻汁でぐちゃぐちゃである。
更に日に焼けてない生白い肌は血飛沫がこびりつき、白と赤の絶妙なコントラストを彩っている。
昭彦が歩くとその後には血の足跡が続き、狂った死神の行進を伝えていた。
「ぼくはママのこどもだよね? ママはぼくのこと、すきでしょう? もういらないなんてうそだよねぇ?」
おそらく、下の武器室から手に入れたのであろう散弾銃と日本刀を引っさげた昭彦が、既に尋常でないことは一目瞭然である。
だから怜子はいつものように妖艶な微笑を作り、昭彦を言いくるめようとした。
「どうしたの、昭彦。だれかが貴方にヘンなことを言ったのね? 大丈夫よ、ママはいつでも貴方の味方よ」
そう言いながら、しかし、銃を手に持ったままそっと昭彦に話しかけた。
「さぁママが抱きしめてあげる。だからそんなものは捨てて、こちらにいらっしゃい?」
初めて ―― それは昭彦にとっては生まれて初めてかけられる怜子からの優しい言葉だった。だから、
「うう…ママ…ママ…ママはぼくのものだぁ ―― !」
「昭彦 !?」
突然走り出し、怜子に抱きついた昭彦の腕には ―― 柄まで血に染まった日本刀が握られていた。






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初出:2003.08.30.
改訂:2014.10.25.

Fairy Tail