ヤキモチ焼きの年下彼氏 02


「あ〜やっぱ、降ってきたか」
なんでこういう時のカンは当たるんだと罵りながら、悟は持っていた資料を濡れないように小脇に抱えると、とにかく駅までと走り出していた。
その日は朝から確かに怪しい雲行きであった。
だが、施主との打ち合わせに出かける予定が既に入っており、その内容上、図面などの資料もそれなりの量があった。
そのために傘を持ってなどという余裕はなく、更にここ数日は天気予報も降ると言いつつ外していた。
だから、大丈夫だろうと高を括って出かけたのだが ――
「嘘…だろ? 携帯の充電まで切れてるのかよ」
駅まではあと数百メートル。
しかし雨足は益々強まり、挙句に携帯も充電切れ。
何とか雨宿りができそうな軒先を見つけたものの、このままここで雨宿りというのは、ちょっと辛い。
「仕方ないな。どっか店にでも入って、飛島に迎えに来させるか」
と降り出した雨を睨みつけて呟くと、
「あ〜あ、濡れちゃった。やっぱり車にすれば良かったな」
どうやら自分と同じように雨宿りに来たらしい声に、何気なくそちらを向いて ―― 悟は息を呑んだ。
そこにいたのが、余りにも綺麗な人間だったから。
はっきり言って、同じ人間だ何て思えないほど。
地上に舞い降りた天使に例えてもおかしくない ―― 同性だけど。
「貴方も雨宿り? 急に降って来るんだもん、困っちゃうよね」
全く人見知りの気配もなく声をかけてきたのは、本条克己という青年だった。



「悟って設計士さんなんだ? 凄いねぇ」
「何言ってんだよ、医者の方が凄いだろ。なんたって人を助ける仕事だもんな」
やむ気配のない雨を避けた先で居合わせた2人は、どうせだからと近くの喫茶店に入ることにした。
そしてどちらからともなく話す内にすっかり意気投合してしまい、お互いの仕事のことの話などで盛り上がっている。
偶然ではあるが丁度同い年 ―― 克己のほうが4ヶ月ほど早い ―― と言うこともあり、また克己の人懐っこさも、いつもなら他人を寄せ付けたがらない悟が珍しく受け入れて、他愛もないことながら和やかな話題に時間も忘れそうなくらいであった。
「人を助けるって…そんな大げさなことじゃないよ。寧ろ医者は、患者さんの生きようとする思いを後押ししてあげてるだけだからね。本人に生きようって気がないと、どうしようもないもん。それに、医者なんて関わらなくてすむならそのほうが絶対に良いよ」
その点、建築物は形として後世にも残るから凄い、と言い張る克己である。
(ホント、コイツってば可愛いな)
同性相手に、しかも同じ年の相手に可愛いと思ってしまうのは問題かとも思えたが、生憎それくらいしかふさわしい言葉がないのだから仕方がない。
基本的に、悟は社長とか医者とか弁護士とか、そう言ったいわばエリートに対してかなりの偏見を持っている。
それは育った環境もあったことで ―― 何せ幼い頃はせヤクザの組長の妾の子と散々影口を叩かれてきており、そういうことを言うのが大抵はエリートの子供であることが多かったということもあったから。
ヤクザの子に生まれた ―― 実際は違っていたということは今では知っているが ―― などということが、言われる本人には全く責任のないことで、言っている連中がエリート意識の塊であっても、実際のエリートはその親であり自分でないことに気が付いていない馬鹿ばかりということもその一つである。
しかし、この克己という青年は ――
元々他人の容色になど興味のない悟であるが、克己ばかりは綺麗だと認めずにはいられない。
それも女性的な美貌というのではなく寧ろ無性的(セクサレス)とでもいうのか。
性欲の対象となるような美しさではなくて、天使のような聖なる美貌である。
ただ、時折些細な仕草に、ゾクリとするような色気を感じることも事実ではあったが。
話によると、克己の方は某所で学会の談話会がありそれに出席しての帰りらしい。
いつもなら自分で車を運転するか人に頼んで車を出してもらうのだが、今日は電車に乗りたい気分になったとかで(要は気まぐれで)出かけたとか。
いつも車なので傘の持ち合わせは当然ない。
悟は知らないことだが、いつもならラフな格好をしている克己も、今日は会議とあってそれなりの格好である。
着ている薄いベージュのスーツもかなり高級な仕立てであることは一目瞭然で、他にも持ち歩いているノートパソコンもスペックは最高だし、鞄も靴も高級ブランド品。
いかにもエリートであるが、それを極さりげなく身につけているために全く嫌味ではないし、逆に当たり前のような感じでさえあった。
一方の悟の方はというと ――
(悟って…カッコいいいなぁ〜)
自分の仕事に余程自信があるのだろう。
パッと見はメンズモデル並のスレンダーな体型にそつなく着こなしたグレーのスーツが良く似合う。
やや明るい茶色に染めた髪も自然だし、公私共に充実しているという感じで好感が持てる。
同じ年ということであったが、自分より随分と大人な感じもするし(というより、克己より子供っぽい人間自体が少ないと思うのだが)ざっくばらんな口調も、友達感覚で気取らないで済む分楽しかった。
人見知りをしない克己ではあるが、結構同年代の友達というのは少ない方である。
それは本人に自覚がないのだが ―― その美貌ゆえに極一部の連中が克己の近くに他人を寄せ付けないようにしていたと言うこともあり、どちらかといえば年の離れた知り合いの方が多いのは事実である。
特に最近は ―― 嫉妬心の固まりのような同居人のおかげで、同性異性関係なく、克己に近づく人間は片っ端から排除されていると言っても過言ではいないほどであるから。
だから、こんな風にゆっくりと他愛のない話をするのは本当に久しぶりで、克己は時間が立つのも忘れるほどに楽しんでいた。






01話 / 03話

初出:2003.12.13.
改訂:2014.10.25.

Silverry moon light