あなただけを… 02


「あれ? 飛島じゃないか?」
耳障りなほどに煩い音響に漸く馴れたと思った頃、飛島は自分を呼ぶ声を怪訝そうに確かめた。
「あ、覚えてない? 橋田だよ。ほら、中学で一緒だっただろ?」
そう言って近づいてきたのは、少し長めの髪を金色に染めた、いかにもヤンキーといった感じの男だった。
「ああ、橋田か。随分と様変わりしてるから、気がつかなかった」
「ハハハ…ま、確かに。そういうお前は変わんないな」
そう言って笑顔を見せるところは、昔そのままだった。
この橋田という男とは中学の3年間を同じ学校で過ごしており、しかし、卒業間近に親が離婚するとかしないとかで荒れて、高校へは進学しなかったと聞いていた。
尤も、卒業と同時に飛島も仙台の実家から都内へ出ていたので、そのあとのことは殆ど聞いていなかったのだが。
「お前は都内の高校に行ったんだよな。何? 里帰りか?」
「ああ、まぁそんなところだ」
お互い私服であるが、片や髪まで染めた皮のツナギの橋田と、当たり障りのないシャツとスラックスという飛島ではギャップの激しさは人目を引いてしまうもの。
だが、特に飛島は嫌がる素振りも見せなかった。
寧ろこの店では、橋田のほうが適応した服装といえたから。
逆に言えば ―― 飛島にはあまり相応しくない店であったから。
「しかし…お前はマジメっぽいよな。こういう店に来るタイプには思えないんだけど…?」
と言われれば、流石に苦笑するしかない。
自分だって、まさかこんな店に来る嵌めになるとは思っていなかったのだ。
そう、あの兄の差し金でなければ ――



このとき、飛島は高校の3年生で、都内にある某有名私立に通っていた。
勿論仙台の生家からは出て、寮での高校生活である。
特にガリ勉というわけではなかったが成績は優秀で、常に上位5指には入っており、このまま都内の大学への進学も当然と思われていた。
ところがそんな折、父親が交通事故で急死の報が入り、状況は一変した。
否、基本的には飛島には何のかかわりもないと言っても間違いではない。
幼い頃に母方の実家を継ぐという、今時そんな時代錯誤なという理由で家を出された身である。
だがその母方の実家も数年で祖父母の死去によって残るは飛島のみとなり、流石に子供一人を置いておくわけには行かないという理由から生家に戻された。
但し籍は飛島のままで、生家の「稲垣」に戻ることはなかった。
そして義務教育を終えると、生家さえ出てしまったのだから、今更稲垣家の後継問題に借り出されるいわれはないはずである。
事実当の本人はそのつもりで、全ては3歳上の兄である稲垣剛志に一任していた。
しかし、欲にくらんだ連中にしてみれば、「稲垣」の名は余りに大きすぎる。
稲垣グループといえば、世界でも有数のコンピューターのハードとソフトの開発を手がける複合企業である。
勿論その顧客には政府や国家すら名を連ねている。
そんな世界規模の企業を有するグループであれば、未だ高校生の少年を傀儡にして稲垣の家に食い込もうと考えるものは多く、その考えはやはり籍は入っていないものの異母弟である当時小学生の智樹にまで伸びようとしていた。
そんな中で、その智樹がヤクザと付き合っているという知らせが入ったのだった。



『高階 悟 18歳。現在は某大学の建築学科に籍があるが休学中。
家族構成は母親のみ。父親は小柴組会長の小柴昭二 ―― 』






01話 / 03話

初出:2004.05.24.
改訂:2014.10.25.

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