あなただけを… 03


その報告を受けたのは、父親の新盆の法事が終わった夜で、そのレポートを持ってきたのはグループの重役たちの中でも若い方である入江という男だった。
尤も、若いといっても50代。飛島や、兄の剛志からみれば十分年上である。
「どう取り入ったのかは知りませんが、最近ではすっかり智樹君が入り浸りのようですよ。全く、普通の人間でも気をつけないといけないというのに、ヤクザの身内だなんて…」
そう言いながら、ジロリと執事の坂下を睨む辺りは、まるで入江自身が保護者気取りのようでもあった。
「剛志君や隆志君は普段この家にはいませんからねぇ。坂下、お前がきちんと見ていないといけないのではないかね?」
と、まるで自分の雇い人のように坂下を糾弾する。
この坂下と言う執事は、亡き父の代から稲垣家に仕えている初老の男で、執事としてはかなり優秀なものだった。
つまり、余計なことは一切言わず、常に一歩先の様子に気を配る。
それゆえに剛志も信頼しており、自分が留守がちにすることの多いこの本宅を任せられる立場でもある。
「…申し訳ございません」
その坂下に頭を下げるられると、入江は更に図に乗ったようだった。
「それでなくても前会長の件でマスコミは色々と嗅ぎまわってくることでしょう? やはりここはしっかりとした補佐役を置くべきなのではありませんかね?」
とまで言われては ―― 要はその地位には是非自分をというつもりなのだろうと勘繰ってしまうのは致し方のないことである。
勿論そんな単純な構図は未だ高校生の飛島でもすぐに判る事である。
しかし、あえて剛志は、
「そうですね。いや、入江さんにはプライベートなことまで心配していただき、本当に助かります。早急に対処を考えましょう」
「いや、そう言って頂くと安心ですな。何かありましたら私もいつでもご相談に乗りますので、遠慮なく言ってください」
そういう態度は、言葉の表面だけを見れば親切な老婆心とも取れるが、それだけでない事は一目瞭然である。
そのことを十分承知しながら ―― 剛志はあくまでも丁重に入江と接し、おだてすかしていた。
勿論その人当たりの良さそうな雰囲気が作り物である事は、弟の隆志には十分すぎるほどにわかっている。
どちらかといえばワンマンで、独善的だった父とは表裏の差である。
そのため重役連中にしてみれば父親よりも剛志の方が御しやすいと思っているはずで ――
「ククっ…今ごろは大慌てで根回しに飛び回る算段を立てていることだろうな」
その入江が言いたいことを言って帰っていくと、流石に腹に据えかねたのか剛志は面白そうに呟いた。
「…兄さんの方はよろしいのですか?」
下手をすれば、この機に会社乗っ取りということもありえるはずである。
今の世の中、社長の息子だから後を継げるなどという甘いことはありえないわけで、それは最先端を行く稲垣グループも同様の事。
しかし、
「ああ、逆にこの際だから膿は全部吐き出させてやるさ」
そう意味ありげにニヤリと笑う姿は、先ほどまでの愛想のよさは微塵もない。
本来ならまだ大学に在籍していてもおかしくない剛志である。
だが既にアメリカのビジネスカレッジを卒業しており、しかも幾つかのベンチャービジネスの経験もあり、その辺りの手腕は既に海外では名が知れている。
それを甘く見ているのは寧ろ入江を初めとする旧体制の重役連中の方であろう。
とはいえ、
「会社の方は任せておけ。智樹の件は…そうだな、うん。隆志、お前に任せる」
「…兄さん?」
確かに会社の件は剛志の肩にのしかかってくるのは判っている。
だが、ワーカーホリックだった父に反発するように弟たちの事には煩いほどの構い倒していた剛志が、状況が状況とはいえ智樹のことを隆志に任せるという事は今までなら絶対にないことであったはず。
「…何を企んでいるんです?」
会社など潰してしまってもまた作ればいい事。
だが家族は一度壊れると二度と元には戻らないと公言していたはずなのに ―― と思えば、そう聞きたくなるのも無理な話ではなく、
「別に。ま、お前の目で確かめてくれればいいってことだ。任せたぞ、隆志」
そういって意味深なウインクを投げて寄越すと、剛志はどこか上機嫌な様子で自分の部屋に戻っていった。






02話 / 04話

初出:2004.05.24.
改訂:2014.10.25.

Dream Fantasy