あなただけを… 04


元々、見かけは温厚な剛志であるが、その裏では権謀術数何でもござれの策士であることは,、弟である飛島が一番良く知っていた。
恐らく今回の件だって、入江などにとやかく言われる前に既に自分で何らかの策を立てているのがいつものはず。
それが ――
(どういうつもりだ? 全く、あの人は何を考えているんだか…)
一応、実の父親の新盆であったから帰郷はした。
だが、泊まっていくつもりなどはなく、法事さえ終わればとっとと都内に戻るつもりだった。
本来、夏休みの寮はみな自宅への帰郷が許されていたが、高校三年という時期である。
家に帰るよりも受験勉強を取るものも少なくはなく、何人かは残っているはずだった。
飛島も当然それを口実にするつもりだったのだが、新盆と言われては無碍にも断れなかった。
それが今回裏目に出たということなのだろうが ―― 。



とにかくどんなヤツなのか見て来いと言われて、この時間ならバイト先だろうとこの店を教えられた。
その時点で、剛志が既に知っていたのは間違いない。
「そういえば、お前のところも中々大変だったんだよな?」
稲垣の本家は仙台にあるため、この年始からのいざこざは地元ではかなり有名な話であったらしい。
それを久しぶりにあった旧友に言われると、実は現在進行形なのだがといいたくなってきた。
勿論そんなことは言っても仕方がないとは判っているが。
「ま、今日は俺が奢ってやるよ。ここじゃあ結構顔が利くからな」
といわれて、本来の目的を思い出す。
智樹に付きまとっているという男はこの店でバイトをしているということで、その人物をとりあえず見てみようと思ったわけで。
顔が利くという橋田に言えば、それがどの人物かは教えてもらえるかと思った。
ところが、
「あ、悟さん! こっち、こっち!」
いきなりその名前を呼ぶ橋田に、飛島は珍しく慌てた。
「お、おい、橋田?」
「ん? あ、心配するなって」
(いや、そういう意味ではないんだが…)
と思いつつも見れば、そこにいたのはどう見てもメンズモデルのようなスレンダーな若い男だった。
「…煩いぞ、橋田」
白いシャツに黒のスラックスとベスト。そして紅い蝶ネクタイ ―― と、俗に言うバーテンの格好であるが、そう言った服装がよく似合って。
どちらかといえば中性的な顔立ちの優男だが、その瞳のきつさが印象的だった。
どんな相手でも決して怯まない、真直ぐな瞳で。
不遜と不羈に満ちた神々しいまでのプライド。
そんな気の強さを表に出し切った悟は、胡散臭げに橋田の側にやってきた。
一方の橋田のほうは、迷惑がられていることなどどこ吹く風のようである。
「コイツね、俺の中学時代のダチなんだけど、ちょっと訳アリでさ。久々に逢ったから今日は俺がおごってやりたいんだけど」
おそらく一度や二度ではないのだろう。悟は早くも話の途中から思いっきりいやそうな顔をしていた。
「…お前は、俺のバイト代を食いつぶすつもりか?」
「あとでちゃんと返すからさ。ね、頼むよ」
「…ったく、しょうがないな」
といいながら、くしゃっと橋田の頭をかき撫でて。
そんな子供扱いをされながら、どこか嬉しそうな橋田を飛島は不思議そうに見ていた。
橋田は結構プライドが高くて、中学時代には教師相手にでも平然と食ってかかるヤツだったと記憶していたから。
まさかこんな ―― はにかむような笑顔を見せるとは思わなかったのだ。
「ま、程々にしてくれよ。俺だって遊んでるわけじゃあないんだから。今週中には返せよ」
「うん、判ってるって。サンキュ、悟さん」
そう言って立ち去る悟を、飛島は引き止めたい誘惑に駆られながら ―― その時はそのまま見送ることしかなかった。






03話 / 05話

初出:2004.05.31.
改訂:2014.10.25.

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