あなただけを… 05


「いいヒトだろ? 悟さんって言うんだけどな」
そう言って褒めちぎる橋田の頬はうっすらと紅潮していて、
「もう、2年も口説いてるのに、中々落ちないんだよ」
といわれた時は、息を呑んだ。
「口説いてって…男だろ?」
「ああ、でも美人だろ?」
確かに綺麗系の顔立ちではあった。しかし、
「…お前、そういうシュミがあったのか?」
「あはは…ま、他の野郎なんかには興味ないけどな。あの人は特別♪」
そういう橋田を横目に、飛島はフロアを行く悟の後姿を探した。
確かに、パッと目立ちやすい二枚目ではある。
だがどうみても男であって、それにどう見ても接客業にあっているとは思えないキツイ目つきの青年であった。
しかし、
(あ…そうか、あの笑顔か)
トレーを持ってグラスを運ぶ姿など、本気でモデル並の気品さえ漂っているようで。
だが、そうやって仕事をしているときは、冷たいまでに真直ぐな瞳が更に研ぎ澄まされて。
それは、自然とフロアに溢れかえっている客の方が道を開けるほどの激しさで。
だが、馬鹿をやっている連中に、仕方ないなといわんばかりに見せる苦笑とか、ふっと微笑む姿とか。
それは確かにドキッとするほど儚げで ――
そんな悟を追いかける視線は、一つ二つではなかった。
それに気がつくと、何故だか無性にイライラとした気分にさえなってきて。
その上 ――
「あー! なんでここに隆志兄さんがいるんだよ!」
そう叫んだ智樹に気がついて、こちらを見る悟の冷ややかな目が何故だか胸に痛かった。



「何企んでるんだよ、隆志兄さんっ!」
そう叫んだ智樹の後ろでは、悟とよく似た女性が微笑んでいた。
「あら、智樹君のお兄さんなの? こんばんは」
そう言ってちょっと小首をかしげて微笑む姿に、辺りの喧騒が一瞬にして遠のいていく。
そんな様子を少し離れたところで冷ややかに見ていた悟だが、その女性の存在に気がつくと慌てて駆け寄ってきた。
「母さん? 何でこんなところに!」
そう言って二人が並ぶと、確かに血は争えない。
目元や口元など一つ一つが瓜二つと言ってもいいほどに似ていて、だが、母親のほうが少女のようなあどけなさを持つ一方で、悟の方は真夏の日差しにも似た強烈な力強さを持っていた。
(母親? ってことはこの人がヤクザの…)
悟の母親はヤクザの情婦 ―― そう聞いていた飛島にしてみれば、そのイメージが根底から覆されるのは無理もないことで。
ヤクザの情婦になるような人物だといわれれば、偏見であるのは確かだが、どんなあばずれかと思ってしまったのは事実。
ところが、実際に目の当たりにしてみれば、その春のイメージそのものの母親に、見入ってしまっていた。
元々、物心着く前に実の母とは引き離されている飛島である。
そのため母というイメージには漠然としたものしか持ってはいなかったが、まさにこの女性はその「母」を具現したような存在だったのだ。
「だって、こんな遅くに智樹君だけで帰す訳には行かないでしょう? だから悟に送ってもらおうと思って…。でも、お兄さんがいらしてるなら、大丈夫かしら?」
ニコニコと微笑む姿は、とても悟のような息子がいるとは思えないあどけなさである。
そのせいか、言われた悟も、
「智樹の? ああ、もう、こんなヤツに気を使うことないって! 智樹! お前もお前だ、母さんをこんなところに引っ張り出すな!」
「う…だって、由美子さんがどうしてもって…」
「そうよ。智樹君を怒らないでね。悟がアルバイトをしているところも見たかったの。悟ったら、どんなお仕事なのか教えてくれないんですもの」
そう言ってちょっと拗ねたように見上げれば、悟は思いっきり溜息をついて呟いた。
「ったく、母さんの物好きにも苦労するよ」
そう言いながら、その視線は今まで見せていたどんなものよりも柔らかくて、どれだけこの母が大事かということが良く判る。
例え世界中を敵に回そうとしても、絶対に母だけは守るといわんばかりの強さで。
「とにかく俺もすぐに上がるから、母さんはここで待っててくれ。智樹! お前は責任持って母さんを守れよ!」
「了解♪」
そう言って由美子の腕に甘える年相応の智樹の姿も、飛島にとっては始めてみる姿であった。






04話 / 06話

初出:2004.05.31.
改訂:2014.10.25.

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