La persona che e destinata(運命の人) 09 Lato:J


「…隆幸だ。日本風に言えば、九嶋隆幸。今は、メイナード教授のところで研究生をやっている」
「タカユキ…ステキな名前です」
「…何処にでもある名前だ」
「いえ、僕にとっては貴方だけです」
単なる名前などではないです。僕にとっては、それはお守りのように大切な名前。
だから、絶対に忘れないように、僕はずっと心の中でその名前を呟いていた。



シャワーを浴びて出てくると、丁度、頼んでいた服が到着した。
「やぁ、ジーノ。久しぶり」
そう言って微笑んだ若い男は、「yuzuki」と印刷された箱からスーツを取り出した。
「yuzuki」は世界的にも有名なデザイナーである唯月のブランド。
彼は大きなコレクションにも参加するので上流階級とも顔が広いが、その一方で一般向けの服も作っているから一般にも良く知られている有名なデザイナーだ。今回もそのコレクションの関係でこちらに来ていたようで ―― 助かったよ。
「悪かったね、唯月。わざわざ君に持ってこさせて」
「いや、このくらいなら構わない。気晴らしにもなるしな」
そう言って微笑む唯月の後ろには、実際に幾つかの箱を持っている男が立っていた。
ディビッド・ラダフォード。ラダフォード公爵家の次期後継者。
片方は世界的にも有名なデザイナーで、片方はヨーロッパでも名門の家柄というカップルだけど、この二人どちらが主でどちらが従かと聞けば、10人に10人が唯月が主だと言いそうだね。
まぁそれに、間違いはないと思うよ、うん。
「ディビッドも久しぶり。噂どおり、唯月にべったりなんだね」
「僕と唯月は、どんなときでも離れられない宿命なんだよ」
そんな惚気をサラリというから、事情を知らないタカユキは吃驚したみたいだけど ―― この二人はそういう仲なんだから、今更なんだよね。
とはいえ、僕も目のあたりにするのは初めてだ。まぁ社交界では以前から噂が飛び交っていたら、今更だけどね。
「それはご馳走様」
「しかし、何があったんだ? いきなり呼び出して」
唯月の方もそんな言葉は惚気でもなんでもないみたい。寧ろ興味があるのは僕の事情の方だったようだ。
「ああちょっと、アクシデントがあってね。前に唯月に作ってもらったスーツなんだけど…」
そう言ってワインをかけてしまった上着を見せると、唯月はちょっと表情を曇らせた。
「…成程。これはちょっと落とせないな。処分しておこうか?」
やっぱり、どんな状態になってしまったとしても、自分がデザインした服がだめになってしまったのは気分は良くないよね。
だからせめて引き取ろうか、という意味だったんだと思うよ。でもね、
「No, とんでもない。ちゃんと持って帰るよ」
実は「yuzuki」の服にはあるジンクスがあるんだ。「その服を着ると成功する」って。
どうやら今回もそれは大当たりのようだから ―― 僕にとっては記念のスーツだよ。
そんな僕の内心に気がついたのか、唯月はチラリとタカユキの方を見ると、
「成程…ね。ああ、こっちは頼まれてたやつだ」
そう言って唯月がディビッドから別の箱を受け取ると、僕の前で開けてくれた。
そこに入っていたのは ―― 黒の革靴。
流石、唯月の見立てだ。あまり飾り気はないけれど、シックで彼には似合いそうだね。
では早速、
「タカユキ、ちょっとこれを履いてみてください?」
「え? 俺?」
僕が声をかけるまで、部外者のように何も口を挟まなかったタカユキだけど、そう言って僕が自ら足元に靴を並べると驚いて立ち上がった。
「汚してしまったままでは申し訳ないですから、これを受け取ってください」
「なっ…汚したって言うほどじゃないし、大体あれは…!」
ええ、判ってますよ。僕のせいではないと言って下さるんでしょう?
でも、僕にとっては同じことなんです。
貴方を守りたくてがんばったのに、結局は貴方にまで被害が及んでしまいました。ほんの少しでも、ゼロではなければ同じことです。
次は絶対に守ります。だからどうか、今回の失敗は許して欲しい。
だから ――
「お願いします。どうしても受け取って欲しいんです」
「でも…いや、だったら、俺が買い取って…」
ああ、本当に日本人は律儀なんだから! でも、そんなことは ――
「いいじゃないか、貰っておけば。くれるって言うんだ。無碍に断るもんじゃないだろ?」
そんな風に言ってくれたのは、どうやら僕の気持ちを察してくれたらしい、唯月だった。
「まぁ俺はどっちが払っても構わないが…とりあえずジーノの方に付けておく。じゃあ、コレクションの準備があるから、これで失礼するよ」
そう言ってさっさとディビッドと部屋を出て行ってしまわれては、流石にタカユキもいらないとは言えなくなったみたいだ。
「…判った。それじゃあ、貰っておく。だが、こういうことはコレきりにしてくれ」
「ええ、ありがとうございます」
なんか無理やりのようで申し訳ない気もするけれど、それでも僕からのプレゼントを受け取ってくれたのは心から嬉しいよ!
それにもっと嬉しかったのは、「こういうこと」って言ってくれたこと。
それって ―― 「また次」を期待してもいいってことだよね?
それなら ――
「ねぇ、タカユキ。先程の約束を覚えていますか? またお逢いできたら、次はゆっくりお食事をしましょうって」
「え? ああ…」
良かった。覚えていてくれたんですね。それでは ――
「これから、お食事を誘ってもよろしいですか?」
そう尋ねると、一瞬、更に意外そうな表情を見せたけど、
「…別に、構わないが…」
そう言って苦笑を浮かべて見せてくれた。






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初出:2007.06.09.
改訂:2014.10.11.

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