La persona che e destinata(運命の人) 10 Lato:T


「ねぇ、タカユキ。先程の約束を覚えていますか? またお逢いできたら、次はゆっくりお食事をしましょうって」
突然何を言い出すのかと思えば、イタリア男はそんなことを言い出した。
「え? あ、ああ…」
それは覚えている。まぁ八割は社交辞令のつもりだったのだが。
しかし、
「これから、お食事を誘ってもよろしいですか?」
この状況でそんなことを言われれば ―― 幾ら俺だって断るわけにもいかないだろ?
だから、
「…別に、構わないが…」
なんとなく嵌められたような気もするが、イタリア男が余りにも嬉しそうな顔をするから、ついこっちまで気が緩んでしまった。



そうして向かった先は、ホテル内にあるレストランだった。
流石に今日はもう教授に呼ばれることはないと思うが、それでも一応、何かあれば連絡の取れるところにいた方が良いと俺が言ったからだが ―― それにしてもまさかこんなところとは思わなかった。
あくまでも、ホテルに入っているレストランではある。
だがここはとある有名な三ツ星レストランの系列で、ホテル客とはいえ、スーツでなければちょっと入りにくいような高級レストランだった。
普段、仕事の都合にかこつけてジャンクフードやサプリに頼っている俺にしてみれば、オードブルだけで軽く一週間分くらいの食費を費やしそうな値段だろう。
自腹だったら絶対に足を踏み入れようとも思わない店だな。
いや、例え奢ってくれると言われても、俺からは来てみたいとは思わないだろう。
だがこのイタリア男は、どうもこういうところには馴れきっているようだ。
「タカユキは何にしますか?」
ウェイターに手渡されたメニューを見ても、一体、どんなメニューなのか想像もつかない。
勿論、その辺のフードバーなんかとは違って値段も書いてない。
だからどうしようかと思っていたら、
「タカユキはお肉は大丈夫ですか? でしたら、メインは仔牛のフィレステーキにしましょうか?」
ロクにメニューも見ずに、イタリア男は俺に聞いてきた。
まぁそのくらいなら俺にだって判る。それに、魚よりは肉の方が食べやすいだろう。
一応は最低限のテーブルマナーくらいなら知っているつもりだが、使い慣れていないのは事実だからな。
「あ、ああ…」
「そうですか? では、もし苦手なものがあったら言ってくださいね」
そうニッコリと微笑んで言うと、メニューを閉じたままでウェイターに直接注文しはじめた。
こういうレストランでは、それこそ食事といえばコースになっているものだ。
俺も余り詳しくはないが、大雑把に言えば前菜にスープにメインがあってデザートになるのか?
そしてそういうのを組み合わせたものがメニューに載っているはずなんだが、この男はそれを見ずにウェイターに直接注文していた。
勿論、時折お勧めや旬のものを聞きだすのも忘れていない。これはもう、馴れているとか言うレベルじゃないんじゃないか?
寧ろ、普段からこういう生活をしているといった感じだな。
ああ、そういえば。さっきのデザイナーにしたってそうだ。
それでなくても世界的にも有名なデザイナーだというのに、店に出向くのではなく、デザイナーの方から服を持ってこさせていた。
まるでテレビなんかでたまにある、どこぞのセレブの買い方だよな。
(まぁそれもそうか。何せあのパオロ・ファーマの副社長だもんな)
パオロ・ファーマ社といえば世界でも5指に入る製薬会社で、その創始は中世からの名門一族だと聞いたことがある。
つまりは生まれながらの上流階級ということだ。
ごく一般的な生まれの俺から見ると、こういった連中とはあまりお近づきにはなりたくないと思うところなのだが、そういった連中によくある選民意識というか、特権みたいなものをここまで感じさせることがないのは、珍しいんじゃないのか?
実際、本人の口から「パオロ・ファーマ社の副社長」と言われても、あまりピンとこないし。
それどころか、腰が低すぎる気がするぞ。
例えば、
「えっと、Sig.…」
「僕のことは、ジーノと呼んで下さいね」
…ほら、これだ。
まるで番犬がご褒美を待っているかのようなニコニコと愛想のいい笑顔で、イタリア男は微笑んでいた。
全く、何がそんなに楽しいんだ ―― と聞きたくなって、思い出した。
『貴方のことがずっと大切に思えたんです』
『ええ、一目惚れです』
そうだった。アレが本気だとしたら ―― 俺はこの男に告白されていたのだった。
それを思い出したら、この状況はあまりよくないのではないかと思えてきた。
正直なところを言えば、男に告白されたのはコレが初めてではなかったりする。
俺にしてみれば特にどうこうと言う気はないのだが、どうも俺の外見は人目を引くものらしい。
それも、女性からの告白ならまだしも、男からもというのが ―― 問題だ。
まぁアメリカでは別にホモやゲイにも市民権があるし、そういった性癖をとやかく言うつもりはないが、こっちにその気がなくてもその対象として見られるということには、やはり抵抗があるものだ。
それに、
「おやおや、今度は製薬会社の副社長様に色仕掛けかい? 次から次へとパトロンを手に入れられて、本当に羨ましいね」
こういう馬鹿なことを言い出すヤツがいるから ―― いやなんだ。






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初出:2007.06.17.
改訂:2014.10.11.

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