暁に見る夢 03


軽く「寿」で飲んで店を後にすると、寿樹はフラフラと繁華街に向かっていた。
この繁華街は、このままマンション戻るにしても店に顔を出すにしても、どちらにしても通るルートである。
「さて…と。どうすっかな。ホントに帰っちゃうか、顔出すか…」
先刻の食事で相手の女性が「指名にしておく」と言ってくれていたから、今夜は店に顔を出さなくても一応は許されるはずではある。
それに今さっき聞いたナンシー・ママの話では、今日は店に裕司 ―― 「Misty Rain」のオーナーが来ているらしいということも、寿樹の脳裏にはしっかり刻まれていた。
裕司はこの界隈をシマに持つヤクザ「片岡組」の若頭補佐である。しかも父親が組長で、彼が次を継ぐことはほぼ確実と言われている男だ。
その片岡組はよく世間を賑わせるような悪辣なことを平気でするような組ではなく、寧ろ一昔前の「侠客」と言うのに相応しく、この界隈ではいわゆる「用心棒」的な存在として受け入れられていた。
実際、組の規模としては中堅の下といったところであるがその人となりは他の組からも買われているらしく、東の「蒼神会」と西の「難波組」にも一目置かれているという話も聞いている。
そんなヤクザの跡継ぎに相応しく、裕司自身も一見ではヤクザに見えないような物分りのいい人間であるのだが、その反面、寿樹のように好き勝手をしているような者には耳の痛い説教も遠慮ナシにしてくるから ――
「裕司さんが来てるってコトは、下手するとまた説教されるかもしれないしなぁ…」
本心を言えば、そうやって構ってもらえるということは決して嫌なことではない。
今の寿樹にそうやって親身になって心配してくれる人間と言えば、入院中の母を除けばナンシーと裕司くらいなものであるのだ。
だが、それを素直に喜べるほど、人間ができていないのもまた事実。
ましてや寿樹の屈託はあの夢が原因であるから ―― 母は勿論、ナンシーや裕司にも相談できることではなかった。
だから、
(…いいや、やっぱさぼっちゃおう。っていうか、気分転換にパーッと遊ぶか?)
それで意気投合した相手が見つかれば、一晩付き合っても構わない。そう、あの夢を今夜も見るくらいなら ―― と、勤め先の店でも、帰宅のための駅の方向でもない、もう一つの方へと向かおうとした、その時、
「ねぇ、そこのキミ、一人?」
そんな言葉で、見知らぬ男達が声をかけてきた。



寿樹に声をかけてきたのは恐らくは大学生、だが、金だけは持っているといった感じの3人組であった。
3人が3人ともパッと見でも判るブランドのカジュアルスーツに身を包んではいるが、髪は金や茶髪に染めて、肌も日本人には思えないような小麦色である。
その上、指にはごついシルバーの指輪を幾つもつけ、これ見よがしの高級時計に金のネックレス ―― と、悪趣味なことこの上ない。
それ以上に、
「俺たち、東京から来たんだけどさ、この辺りって良く判んないだよねー。ホテルの場所がわかんなくなっちゃってさぁ。案内してくれたら、助かるんだけどなー」
「そうそう、お礼はちゃんとするからさぁ〜」
言っていることは困っているというようだが、その口調からは到底信じられないようなものである。
しかも、そんなことを言いながら寿樹を見る目つきは、いかにも下心ありますといった厭らしいものだった。
今日はあの女社長との食事もあったため、店に出るような派手なスーツではなく、やや地味目なものだったのが裏目に出たらしい。
恐らくは、寿樹のことを地元の大学生くらいに思って声をかけてきたのだろう。
(おいおい、男にナンパか? 世の中、腐ってるなー)
尤も、男も女も ―― タチでもネコでもOKなのは寿樹も事実ではある。
だから、
「それは大変ですね。もうこんな時間だし。どちらのホテルですか?」
寿樹はあえて純情そうな地元の青年を装った。
いかにも純情そうな青年が、困っている人を手助けしてあげたいというような雰囲気だが、寿樹は内心で舌を出していたのは言うまでもない。
「え? 案内してくれる? いやぁ、助かるよ」
「良かったなぁ、親切な人に逢えて」
「ホントだよなぁ〜」
3人の男達も口々に助かったと言ってはいるが、寿樹を見る目つきにはそんな安堵の色など欠片も見えなかった。
寧ろ、獲物を狙う狐のような狡猾さと言うか、ヘビのようにねっとりと嘗め回すかのような厭らしさの方が色濃くて。駅前の目立つホテルの名前を寿樹に告げると、
「じゃあ、お願いするね。道中、仲良くしようよ」
そういいながら寿樹を囲むように肩や腰に手を回してきた。
まるで案内を頼むと言うよりは、逃がさないように捕まえていると言ったほうが正しそうだ。それに、道が判らないと言いつつ、彼らが向かったのは明らかにホテルの方角である。
(チッ…気持ワル! でも、カモらせて貰う分、サービスしてやるか?)
恐らくはそんな風に言って寿樹をホテルに連れ込み、3人で楽しもうと言う魂胆なのだろう。
余りにも見え透いた手口であることには相手の低脳さが知れるが、そこは名うてのホスト寿樹である。
逆に、さてどれだけカモってやろうかと算段しつつ相手に合わせようとした、その時、
「全くお前は…仕事サボって何してるかと思えば。いい加減にしておけよ?」
そう言って寿樹たちの前に、別の男が立ち塞がっていた。






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初出:2007.07.15.
改訂:2014.10.05.

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