暁に見る夢 04


「全くお前は…素人相手に何やってるんだ?」
立ち塞がった男はそう呆れたように呟くと、そのまま胸のポケットから煙草を取り出して火をつけた。
そのライターの灯りに現れたのは、まだ若い ―― と言っても、寿樹や3人の男達よりは年上 ―― の、長身の男だった。
パッと見た感じではモデル並みのイケメンだが、着ているものが革ジャンにジーンズというラフな格好のために遊び人風にしか見えない。
ただそれにしては、なんとなく落ち着いた雰囲気も持っているのだが。
「何だぁ、お前?」
「邪魔するってぇのか?」
相手は1人でこちらは3人。単純な引き算で優位と思ったらしい3人組の方は、2人が寿樹を両脇で抑えるようにしながら、下心見え見えの威嚇を放ってきた。
ところが、
「何でもないですよ。ホテルまでの道が判らないっていうから、案内してあげようってだけですから」
そんな男達に囚われた格好のはずの寿樹は、全く気にすることもないように煙草を咥えた男に言い放った。
「ふーん。どう見てもそれだけって感じじゃねぇけどな」
「それは勘繰りってヤツでしょ? 俺は純粋に人助けをしようと思っただけなんだけど?」
「人助けねぇ…暇つぶしの間違いじゃね?」
「うーん、そうとも言うかな? でも、仲良くしようって言われちゃったんで」
相手の男はともかく、拘束紛いの状態の寿樹までもが全く危機感のない会話をしている。
流石にそれには男達の方も違和感を覚えたようで、
「な、何だよ。あの男、知り合いなのか?」
この状況でこの落ち着き様。
無論、暴れられても困るのだが、想像と違う反応にはやはり何処となく勝手が違うらしい。
男達がどこか落ち着きのない様子でそう尋ねれば
「まぁね。勤め先のオーナーだよ」
当の寿樹はあっさりと白状した。
「オーナー? え、勤め先って…」
学生じゃなかったのか?とでも言いたげな反応に、更に悪乗りした寿樹は、
「でもって、この界隈を仕切ってる片岡組の次期組長、片岡裕司サン」
ニッコリ微笑んでそういえば、男たちは慌てて寿樹の腕を離した。
「な、何だって!」
「やべぇよ」
「お、おいっ、ずらかるぞ!」
流石に組関係 ―― しかも幹部クラス ―― ともなれば、例え相手が一人でもヤバイという認識は残っていたようだ。
途端に回れ右をして逃げ出そうとするが、
「何処へ行く気だ?」
「ちょっと話を聞かせてもらいたいんだがなぁ?」
いつの間に来ていたのか、そこにはいかにもヤクザ者と思われる数人の男達が取り囲んでいた。
流石にそれには、寿樹も驚いたようだ。
「最近、この界隈を荒らしてるヤツがいるって苦情が来てるんだよ。道案内を頼んでそのままホテルに連れ込み、輪姦した挙句にそれを撮影してネットに流すって脅されるっていう、な」
そう呟きながら最初の男 ―― 裕司が2本目の煙草に火をつけると、寿樹もどうやら納得したようだった。
つまりはそのために見回りに来ていたということで、そんなときに寿樹の姿を見たものだから追いかけたら、見事ターゲットにも遭遇したと言うことらしい。
「ふぅん、今時古臭い手ですねぇ。ま、引っかかる方も、って気もしますけど」
「まぁな。どっちにしろ、シマを荒らされるのは面子に関わるからな」
こういったところでの面子と言うものには、ヤクザは結構煩いものだ。尤も、この程度のことにわざわざ若頭補佐である裕司がしゃしゃり出てくるのは大事にも思える。
だから、
「それでわざわざ裕司さんが? それはご苦労様です」
そう寿樹が言えば、裕司は苦笑を浮かべていた。
恐らくはそれが理由ではないはずだということは、察しの良い寿樹には良く判っていた。いや寧ろ、このことは単なる名目の一つでしかないはずである。
というか、ここ数日、仕事をサボり気味の寿樹の様子を見に来た ―― と言うほうが、よっぽど信じられるようなもので。
(どーせ、店長に言われて俺に説教しに来たんだろうな。ま、今日は掴まっちゃったから、しょうがないか)
どうせ家に帰っても一人で寝るだけなら、煩い説教を聞かされても、美味い酒と ―― 巧いSEXにありつけるほうがまだマシだ。
そう判断した寿樹は、
「それよりも、俺のカモ、どうしてくれます? 折角楽しませてもらおうと思ったのに」
そうわざと突っかかるように言えば ―― 裕司にはそんな寿樹の思惑など、手に取るように判っていたらしい。
「それよりお前、仕事は?」
「今日はサボリ…あ、違った。外勤です」
「思いっきり嘘ついてんじゃねぇよ」
「あ、酷いなぁ。ちゃんと仕事もしてたんですよ、一応」
「たかだかメシ食って来ただけだろうが。店にはお前目当ての客が他にも来てたんだぞ?」
どうやら例の女社長と食事をしていたことは話が通っているらしい。
しかし、
「俺の身体は一つしかないですからねぇ。そんなに酷使しないでくださいよ」
そう言ってわざとしなだれるように裕司の腕に掴まって、
「ねぇ、裕司さん。俺だって、仕事抜きで遊びたいこともあるんですって」
甘えるような仕草は ―― どんなホステスでも真似できないような色気を感じさせる。
基本的に店の人間には手を出さない主義の裕司だが、寿樹とは店に入る前からの付き合いもあるため、何度か寝たことがあるのは事実である。
それに ―― 寿樹は、強いようでいて結構脆いところがあることも、長年の付き合いでわかっている。
ここで突き放せば、それこそその辺りの男を漁りかねないのだ。
(全く。いつまでも甘やかしてるわけにもいかねぇんだがな)
「しょうがねぇな。但し、まずは先輩に謝ってからだぞ」
「はーい」
全く悪気もなさそうに返事をする寿樹に苦笑しながら、裕司は店へと向っていった。






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初出:2007.07.15.
改訂:2014.10.05.

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