暁に見る夢 06


一歩店の中に入れば、そこは夢幻境のような華やかさを持った別世界が作られていた。
「いらっしゃいませ、奥様。ようこそおいでいただきました」
「今宵はまた一段とお美しいですね。お手を取らせていただいてもよろしいですか? お嬢様」
「お待ちしておりました、マダム。今宵のお供を仰せつかります」
わざわざ入口まで出迎えてくれるのは、テレビや映画の俳優に負けずと劣らぬイケメンばかり。
そんな若い男達に傅かれて、嫌な気のする女性はいないことだろう。
そんな夢のような場所が ―― 浜松の繁華街の一画に看板を掲げるホストクラブ「Misty Rain」である。
きらびやかなシャンデリアと程よい間接照明で彩られた室内には、豪華なソファーとガラステーブルの組み合わせが十数個あり、入口で出迎えられた女性達は、まるで一国の女王に尽くす臣下の様なホストに導かれて、それらのテーブル席へと次々にエスコートされていた。
そんなテーブル席の殆どは5〜6人掛けのものであるが、、中央のステージを挟んだ2つだけは特別で、裕に10人ほどが侍ることができるようになっていた。
勿論そのセットを使えるのは、この店でナンバー1とナンバー2の称号を受けたホストが担当する場合だけである。
その一つで、
「いいんですか、僕までご馳走になっても?」
「ええ、勿論よ。俊ちゃんと飲めたら、おいしいお酒が益々味がよくなるもの」
「そんな…僕のほうこそ、マダムとご一緒できるなんて光栄です」
そう言って恭しく取った手の甲に口付けて微笑むと、寿樹はヘルプの男に合図を送った。
すると、
「ドンペリ入りまーす」
「「ありがとうございますっ!」」
声高にヘルプが追加注文を宣言すれば、他のフロアのヘルプが一斉に唱和した。



「へぇ、寿樹のヤツ、随分とマジメにやってるじゃないっすか?」
店の奥にあるモニター室に来ていた裕司は、映し出された画面を見ながら心底感心したような声で呟いた。
あの日 ――裕司が店をサボッていた寿樹を捕まえて ―― から、既に十日近くがたっている。
その間、組の方の仕事で忙しくしていたためにこちらには顔を出さなかった裕司で、漸く片がついたのでこちらへ来てみたのだが、そこに待っていたのは初めてとも言えそうなほどにマジメに仕事をこなす、寿樹の姿だった。
「うん、あれから欠勤ゼロで精を出してくれてるからね。お陰でこの週明けからは、見事ナンバー2に上り詰めちゃったよ。しかも、お客様の数だけだったら、ダントツの1位だね」
そう言いながら馴れた手つきで裕司にコーヒーを入れた中谷は、裕司の隣の席に座ると、モニター画面を操作した。
「…そりゃあ、大したもんですねぇ」
現在ナンバー1は源氏名を春彦という男であるが、彼の客はどこぞの大会社の社長夫人や高級官吏夫人、医者夫人等々といった、遊ぶことの金には色目をつけないという上流階級の奥様連中が多い。
お陰で、1回で店に落とす金額はその日の売上の30%を切らないほどであり、客数が少なくてもナンバー1を不動にしている所以であった。
そんな春彦に席巻する勢いでここ数日成績を伸ばしてきたのが寿樹 ―― 源氏名では俊彦 ―― であるのだ。
今までの半分はサボりながらという様子を知っていた裕司にしてみれば、それこそどういう風の吹き回しかと思うほどである。
ところが、
「まぁね。おかげでお店は大繁盛。俊彦君には予約殺到ってところなんだけど…一つ、困ったことがあってね」
「困ったこと…ですか?」
「うん、まぁ今のところは大したことじゃあない…って言えば、ないんだけどねぇ…」
そんなどこか歯切れの悪い口調で呟きながら中谷はモニターのカメラを操作して、とある一画を映し出した。
基本的に、この店では最初は「初回料金」で空いているテーブルの担当ホストがついて店のシステムなどを説明しつつ、愉しんでもらっている。
そこで数人の指名候補を選んでもらい、次回以降はその選ばれたホストが担当しつつ、3回目からは一人の専属ホストを選ぶシステムになっていた。
つまり、一人の客に一人のホストがつくわけだが、中にはたまには別のホストとも話をしてみたいという客や、ホスト側に不都合があって接客ができない場合というのも勿論ある。
またそれ以外でも、例えば女性がグループで訪れて、それぞれで別のホストを選びたいなどという場合もあるわけで、そういった時には、フロアを一望できるカウンター席に案内するということもあった。
フロアを一望しながらカウンターで待つか、もしくは ―― お気に召したホストを選んでもらうために。
中谷がモニターで映し出したのは、そんなカウンター席の一画である。
そこでは、先日入ったばかりの成海 ―― 勿論、これも源氏名である ―― が、初心者にしては様になった格好でシェーカーを振っていた。
「へぇ、あいつ。思ったより器用ですね。結構、様になってるじゃないですか」
「まぁね。筋はいいし、記憶力が凄くいいんだ。カクテルの配合なんかも、一度で殆ど覚えちゃったしね」
「それは…たいしたもンだな」
カクテルは、ただベースとなるアルコールと果汁などを合わせればいいというものではない。勿論、配合比は言うまでもないが、シェーカーの振り方一つをとっても味が左右されるものだ。
だが成海は、それも見よう見まねとはいえ、いっぱしのバーテンに見えそうなまではやってくれるので、目ざとい女性客が存在に気付かずにいるわけもない。
それに ―― 成海自身、その気になればフロアでホストもOKなほどの美人であり、黒のベストとパンツというストイックな格好が、更に女性の視線を引いて止まなかった。
「あれだけの美人だ。バーテンよりもホストにした方が見入りは良さそうな気がしますねぇ」
「ん…それは…どうかなぁ…?」
どこか含むところのありそうに中谷が応えたとき、丁度新しい客が店を訪れたのだが ―― どうやら先客に馴染みのホストを取られているようだ。
仕方がなくその客はカウンターの方に着いて何か飲みものを頼んだようだったが、
「…え?」
突然中央の席を立ってカウンターに向ったのは、ドンペリを一気飲みした寿樹だった。






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初出:2007.07.22.
改訂:2014.10.06.

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