暁に見る夢 15


二人の息子に看取られた樹理の葬儀は、思いのほかの多くの参列者を見せていた。
元々、父との出会いもとある会社のパーティで、その時コンパニオンをしていたという話は聞いていた。
そのため、借金を背負ってからもホステスとして夜の仕事をしていたが、面倒見の良さからその世界の住人にも友達は多く、また純粋なパトロンも多かったという。
実際に、父が失踪した後には幾つかの企業家などからの求婚もあったらしいが、それに靡くことは決してなく、必要以上の援助も断るといった慎ましやかだったらしい。
そのせいか、普通であればよくても代理人をよこすであろう大物政治家や企業家の姿まで見せるくらいで、そんな母の一面を今更ながらに知ることとなった成樹には胸が熱くなるばかりだった。
しかも、
「なにかあったら、いつでも相談に来て欲しい。君のお母さんには本当に世話になったんだ」
「あ、はい…ありがとうございます」
そう言われて渡された名刺を改めて見れば、どれも新聞やニュースでも見かけるほどの名前ばかりで、しかもそれが社交辞令とは到底思えない真摯さまで感じられれば、成樹はただ驚くばかりだった。
式の盛大さから言えば、三年前に亡くなった祖父の葬儀の方が派手だったかもしれない。
だが、どちらが心が篭っているかと問われれば、間違うことなく母の方が勝っていた。
「樹理さんは、本当に面倒見が良かったからな。世話になった実業家や政治家はこんなものじゃないんだぜ」
そう教えてくれた裕司の言葉を現すように、送られてきた花輪や弔電の差出人は著名人が多くて本当に驚かされるばかりだ。
しかも、
「でも、樹理ちゃんも安心ね。こんなに立派なお兄ちゃんが居るんですもの」
「ああ、そうだね。寿樹君も、お兄さんの言うことなら聞くって言っていたからね。本当に帰ってきてくれてよかったよ」
どうやら余程寿樹は手を焼かせていたらしく、誰もが成樹の存在にホッと胸を撫で下ろすように見せたのがこそばゆかった。
「そんな…僕よりも寿樹の方がずっとしっかりしていると思いますよ」
「おやおや、謙遜を。寿樹君はあれで結構、甘えん坊だからね」
「そうよ。樹理ちゃんもそれで結構苦労したんだから。小さい頃なんか、貴方を手放した樹理ちゃんを恨んで、口も利かなかったっていうしね」
寿樹の甘えん坊なところは覚えのある成樹も、その話は初耳であった。
自分に甘えるのと同じように、幼い頃には母にもべったりだった寿樹である。それこそ、寝るときは母と自分の間に挟まれてでないとイヤだとごねるくらいで、手をつないで寝ることもざらだったはず。
そんな寿樹が母と口を利かないほどのこともあったとは、にわかには信じられないくらいだ。
だが、
「本当に寿樹君はお兄ちゃん子なんだなぁ」
「でも、まぁ取りあえずは安心ね。成樹君は苦労するかもしれないけど」
そう言って苦笑する参列者に挨拶をしてまわる成樹だったが、一方の寿樹はそんな成樹をずっと見守っていた。
そして、
「裕司さん、ちょっと」
一応勤め先のオーナーということで顔を出した裕司を捕まえると、寿樹はずっとひっかかっていたことを問い詰めた。
「そもそも、何で兄さんがウチで働くことになったんです? 教えてくれませんか?」
渡井家は小さな村の出身とはいえ旧家といわれる家柄で、幾つかの事業も行っていたはずだ。
その跡取りとして引き取られたはずの成樹が大学も卒業した今になってもアルバイト紛いのことをしているということが、寿樹には納得できなかった。
だが、
「さて、詳しいことは聞いてないぜ?」
そうとぼけた裕司だったが、そこは寿樹の方が上手だった。
「聞いてはなくても、調べてはあるんでしょう? 俺の兄貴ってだけでも、関心アリだったんじゃないですか?」
「お前な…」
「違います? まぁそれをどうこう言いやしませんが…俺にも知る権利くらいはあるでしょ?」
勿論アレコレ調べて口外するようなことはないとしても、身元調査の類なら裕司にすればさして手のかかることではないはずだ。
しかも、元々好奇心は旺盛なタチであれば、寿樹の兄と気がついた時点で調べに手が回っていると思うほうが普通である。
だからそう寿樹に言われれば、いずれはその話もするつもりだった裕司は、
「…金が要りようだったらしい。最初はウチのローン会社に金を借りに来たんだが、審査の間に貧血で倒れてな」
そこで裕司が拾ってきたというのだが、その金が必要だったということが寿樹には解せない。
だから、更に問い詰めるように見つめると、
「どうもな、失踪した親父さんの借金らしい。結局、親父さんも数年前に亡くなっているらしいが、そのときの借金が、祖父さんの遺産相続を放棄した後に判ったらしいぜ」
「親父の借金? それに、相続を放棄って…なんで、そんな…」
「さぁな。まぁ、今、跡を継いでるのはお前らの父親の妹夫婦らしいが…この旦那が結構なやり手らしいな」
つまりは、その義叔父がなにか画策したということで。
寿樹の中で渡井家に対する憎悪がますます膨れ上がったのは必然ともいえるようだった。






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初出:2007.09.30.
改訂:2014.10.05.

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