暁に見る夢 16


樹理の告別式、四十九日、納骨 ―― と仏事が一段落した頃には、すっかり季節は初夏の様相を示し始めていた。
「じゃあ、それでお願いします」
「判りました。では書類の方は二、三日でできると思いますから…そうですね、連休明けにはお持ちします」
『Misty Rain』の二階にあるオーナー室で、寿樹はある人物と出会っていた。
並んで立てば年の頃はさして変わりないと見えるが、実は5歳も年上の男である。
それは寿樹が年齢相応なのに対して相手の方が童顔であると言うことなのだが、これでも腕の立つ弁護士であった。
「いつもお世話になるね、柊平君」
「いえ、ウチの方こそ、仕事を回してもらってますから」
一応同席していた中谷がそう労えば、その弁護士 ―― 小堺柊平もニッコリと満面の笑みを見せていた。
元々彼は片岡組の顧問弁護士事務所の人間である。
しかも、個人的にも裕司の後輩に当たるため、なにかと仕事を回されることが多く、今回は樹理の残した遺産のことでその処理を任されていた。
長らくホステスをしていた樹理であるが、その生活はかなり質素であった。
そのため、入院費などを差し引いてもそれなりのものが残ることが判っていた。
それらは、当然、戸籍上ではただ一人の家族である寿樹の相続となるところであったが、寿樹の希望で成樹にも半分は渡るように手続きを済ませ、しかも成樹の借金をそれとは別に清算するように手配していた。
「しかし、本当にいいんですか? 今は金利も低いですから、一度に返済するよりも少し分けて、その分を利殖に回すとか、不動産は賃貸にするとかっていうのもできますけど?」
「いや、さっさと片付けたいんだ。今後一切、あいつ等とは関わりたくないからさ」
「っていうか、お前、この話をまだ成樹にしてないんだろう? 勝手にやって怒られてもしらないぞ」
そういうのは、やはり何故か同席していた裕司で。
しかし、
「大丈夫さ。兄さんは俺には優しいから」
そうニッコリと笑う寿樹は、本当に幸せそうだった。
樹理が死んで以来、勿論全てのわだかまりが吹っ切れたというわけではないにしても、成樹の寿樹に対する態度はかなり軟化してきていた。
流石に寿樹の方もあれ以来成樹に無茶をするようなことはなく、本当に弟が兄に甘えるというような態度で接するようになっていた。
とはいえそれは、寿樹をよく知っている者ならば、見ているほうが恥ずかしいくらいの甘えぶりとも言えて、それを受け入れている成樹には皆が感心するくらいだ。
尤も、あまり度が過ぎるようなことがあればそれなりに嗜めることもあるのだが、そこは寿樹も判っているらしく、シュンとしながらも言うことはきちんと聞くというようで。
おかげで店で甘えた姿を見せても、誰も文句は言えないどころかいつしか黙認とまでなっているくらいであった。
「まったく、こういうことに関しては、お前は知能犯だよな」
「ええーっと、何のことでしょう? ボク、わかんない〜」
そうやっておどけて見せるのも、今までにはまずなかったことで。
まぁいいかと思えてしまうのが知能犯たるゆえんかもしれない。
「とにかく、ばれる前にちゃんと言っておけよ。俺はフォローしてやらないぞ」
「判ってますって。裕司さんにフォローなんかしてもらったら、それこそ高くついちゃいますよー」
そんなふうにケラケラと笑いながら部屋を出て行く寿樹を見送ると、残った三人は誰からともなくほうっとため息をついていた。
「まぁ、これからが大変だろうけどな」
「そうだね。成樹君って真面目そうだもん。やっぱり世間体とか、考えちゃうだろうしね」
「まぁいろんな付き合いがあるって言うのは、それなりに判ってはきていると思いますけどね」
成樹にしてみれば、寿樹は可愛い弟という立場であって欲しいところなのだろう。
既にホストとしても一流であり収入もしっかりしているのだから、いずれはそれなりの女性と恋をして、安らげる家庭を持って欲しいとまで思っているところかもしれない。
だが、寿樹にとっての成樹は、単なる兄ではない。
それこそ、生まれたときから恋焦がれているといってもいいほどの感情を持っており、それを隠すことさえしようとはしないのだ。
同性であると言うことも、実の兄弟であると言うことも、寿樹の中では何の禁忌にもなっていない。
好きな人を好きといって何が悪いのか、といいたいくらいで。
流石に、この世界に馴れてきた成樹にも人の付き合いには色々なパターンがあると言うことも判ってきたらしい。
同性同士とか不倫とか、そういった場面も目の当たりにすることは何度かあって、それでも当事者達が本当に幸せだと思っているということも判るようにはなっている。
だが、だからといって、おいそれと自分までそこに染まりきることはできないものだ。
だから、
「店長っ!」
不意にノックと同時にフロアのホストが飛び込んできた。この春からフロア・ヘルパーになった青年である。
「お前…ノックの意味がないだろうが?」
「あ、スミマセン。でも、大変なんです!」
「どうしたの? まぁ落ち着いて」
まだまだ駆け出しで、ちょっとマスコット的なところが年上の女性客から可愛がられているところであるが、逆に落ち着きのないところは一流とは言えないところである。
だが、
「俊彦さんがと成海さんが言い合いになっちゃって…。今、春彦さんもいないから、止める人が居なくって!」
それを聞けば、流石に慌てるのも仕方がないところと納得できる。
だから、
「あの、馬鹿…」
呆れた裕司が思いっきりそう呟きつつ、部屋を後にした。






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初出:2007.10.07.
改訂:2014.10.05.

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