暁に見る夢 17


店から追い出された寿樹はフラフラと近くの公園に行くと、天を仰いでそう呟いた。
「…ったく、情けねぇ」
事の起こりは明日からのGW休暇の話だった。
「ねぇねぇ、今年のGWにはさぁ、どっかに遊びに行こうよ♪」
オーナー室から店に戻ると、GWの連休前ということも合って客はいつもの半分ほどしか姿か見えなかった。
それも既に皆それぞれのテーブルについているため、寿樹がすぐに相手をしなくてはいけないという客は見当たらず、
「しげ…じゃない、成海ちゃんも特に予定はないんでしょ? いい穴場を知ってるんだよね。一緒に行こうよ」
店では源氏名でというルールのためにそう呼びながらも、寿樹は成樹へのアタックを開始していた。
幸い、今年は7連休となるGWである。
この間一緒に過ごすことができれば、きっと自分の気持ちも判ってもらえると思っていたし、それに借金の話をする機会もあるはずだと。
おそらく成樹は驚くだろうが、ここ数日の態度を見ればきっと判ってくれると信じていた寿樹にしてみれば、ちょっと羽目を外し気味であったのは否めなかった。
だから、
「…いい加減にしろ。仕事中だ」
幾ら客が少ないとはいえ、今は勤務時間である。
ましてや寿樹は店のナンバー2を誇るホストとなれば、ここでサボらせているわけにもいかないというもので。
だから成樹はわざと目を合わせずに言い放った。
「GWは郷里に帰る。父さんとお祖父様の墓参りをして…法事のことでも本家と打ち合わせしないといけないからな」
それが ―― 寿樹の感情に火をつけたのだ。
「何それ。俺と一緒にいるより、死んだヤツの方が大事なわけ?」
「別に…どうしても一緒がいいなら、お前もくればいいじゃないか」
寿樹にとっては、祖父は敵の代名詞のようなものであることは判っている。
だが、成樹にとっては理由はどうであれ育ててもらった恩義があることも確かなのだ。
そのことは、忌々しくも寿樹にも判ってはいるが、だからと言っても自分より優先させられるなど我慢できなかったのだ。
「誰がっ! 誰があんなところに行くかよっ! アンタ、判ってて言ってるのかっ!?」
そう言うなり、俊彦は成海の胸倉に掴みかかってきた。
(ヤバイっ!)
そう思ったのは、恐らく二人とも同時であって。
だが、感情が高ぶった寿樹はとめることもできず、成樹も今度は逃げる事はできなかった。
だから、
「いい加減にしろ、俊彦。兄弟喧嘩なら外でやれ」
そう言って裕司が止めてくれなければ、今頃どうなっていたか知れたものではない。
高ぶった感情のままに殴っていたか ―― それとも、その場で押し倒していたか。
どちらにしても結果は目に見えている。
「ったく…ホント馬鹿だ、俺は。そんなことをして嫌われたら…どうする気だよ?」
本当にそんなことになったら、ここで落ち込むくらいでは済まされないことも判っている。
と同時に。きっとすぐに成樹が許してくれるだろうという期待もあることは事実で ―― その甘さは我ながらにも呆れるくらいだ。
決して成樹は自分のことを疎ましくは思っていないだろうと信じている。
だがそれ以上に、モラルとか対面とかをどうしても考えてしまうのも、無理はないところだということも。
寿樹だって、実の兄に恋心を抱いていると自覚したときには、悩まなかったわけではないのだ。
それを吹っ切るように手当たり次第に女の子を誘ったこともあれば、他の男を相手にしたことだってある。
だが、それでも成樹のことが忘れられないと自覚してしまえば、あとは自分を偽ることの方がどんなに難しいかと思うところで ――
『寿樹は…本当にお兄ちゃんが好きなのね。いつか、会えるといいわね』
そう言っていた母も、もしかしたら寿樹の気持ちを知っていたのかもしれないと今では思うくらいだ。
だから、
(焦ってるわけじゃない。でも…どうやったら伝わるか、教えてほしいよ)
ましてや、今は昔とは違って、毎日でも顔を合わすことができるのだ。
会えれば幸せ、話ができれば幸せと思っていても、その思いは日ごと膨らんでもっともっとと欲張りになっていく。
それをいつまで抑えることができるのかなんて ―― こっちが聞きたいくらいだ。
そんな時、
「しょうがねぇよ。こうなったら…代わりになりそうなヤツを捕まえて、仕込んだほうが早いんじゃないのか?」
「そうだなぁ。手ぶらで帰るよりかは、その方がまだマシかもしれねぇな」
そんな風に怪しい話をしているいかにもチンピラ風の男達と、思いっきり目が合ってしまった。
「なぁ、おい」
「ああ…こりゃあ、カモだな」
(…そりゃあ、こっちの台詞)
いかにも怪しそうな風体の男が3人。見るからにカタギとは思えない上に中の一人は見慣れない金バッチを襟元につけている。
つまりは、どこかの組のものということらしいが、
「俺、頭冷やして来いって言われたんだけどなぁ…」
むしゃくしゃするときには、身体を動かすに限るな、と勝手に納得して。寿樹は不敵な笑みで男達を睨み返した。






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初出:2007.10.14.
改訂:2014.10.05.

Paine