暁に見る夢 18


念のためにと寿樹に付けていた大前から裕司が連絡を受けたのは、ちょうど成樹の傷の手当をしようとしているときだった。
「見苦しくなんかないだろ? 可愛いものじゃないか。だって、そうだろ? あれだけお前に惚れてますって言ってるようなものだ。違うか?」
そんな風にわざとふざけるように言う裕司の言葉に、咄嗟に返答できなかったのはそのことは成樹も良く判っていたからだ。
だが、
「ふざけないで下さい。アイツとは…男同士って言うだけでなく、実の兄弟なんですよ」
男同士というだけでも禁忌であるのに、同じ母の腹から生まれた、同じ男を父親とする実の兄弟である。許されるものではないはずだ。
しかし、
「まぁ俺は当事者じゃないから何でも言えるってもんだが…別に男同士だろうが、兄弟だろうが関係ないと思うがな」
そう簡単に言ってくれる裕司だが、それを割り切れないから成樹も苦しいのだ。
そう、兄弟だからダメだと、言い放つことができれば問題はない。
兄弟であるから、それでも寿樹がそう思い続けるというのなら、自分が寿樹の前から姿を消すということだって手段としては考えるべきことなのだ。
だが、
(また…離れて暮らすのは…)
それだけは、どうしてもイヤだと思うから。
だから、どうして今のままではいけないのだろうと思うのだ。
寿樹がずっと自分に会いたがっていたということは、それこそ誰もが口をそろえたように言うことである。
だが、自分だってそれは同じことだった。
いつか、寿樹や母と暮らしたいと。本当にそう思っていて。
母はもう亡くなってしまったが、せめて寿樹とはいつまでも顔を見合わせる生活ができれば、と。
勿論、寿樹ほどに社交的で人懐っこい性格なら、いつかはいい人を見つけて幸せな家庭を持つこともあるだろう。
だからそのときは、そっと陰からでもその家庭を見守ってやることができればどんなに幸せかと思っていたくらいだ。
そう、寿樹が家庭を持つと想像することが、何故かズキンと胸が痛くなっても ―― だ。
それなのに、
(何でアイツは…)
寿樹ほどの人間ならば、わざわざ自分のような面白みにかけるような相手ではなくもっと付き合いたがる者はいるはずだ。
寧ろ、自分ほど不釣合いなものはいないだろうとまで思えて、成樹は痛む胸を押さえるようにしゃがみこみ、砕けたグラスの破片を片付け始めた。
おそらくこのまま寿樹に流されてしまったら、いつか飽きられたときに自分はこのグラスのようにきっと粉々に砕けてしまうだろう。
それもただ砕けるのではなく、その破片で寿樹自身をも傷つけてしまう ―― と。
それが怖くて ――
「馬鹿、お前…何やってるんだ!」
「えっ? あ…っ痛」
裕司に肩をつかまれて、初めて自分がグラスの破片を握り締めていたことに気が付く。
勿論そのキラキラと輝く鋭利な部分は、成海の白い肌に線を描き、紅の血を滴らせていた。
「しっかりしろよ、全く…。お前まで無茶をするなよ」
ゆっくりと握り締めた手を開かせると、幸い、切ったのは手の平の数箇所のみ。
細かい破片も入った様子はないが、ただ切れ味が良かったせいか、少し抑えていないと出血は止まりそうにない。
そこで咄嗟にカウンターにあったナプキンで止血をしてもらっていたところに、その連絡である。
「ああ? 何? 寿樹が襲われた? 相手は? ふぅん…例のヨソ者ヤクザか」
その瞬間、成樹は目の前が真っ暗になりそうだった。
「え?」
「あの馬鹿…俺は頭を冷やせって言ったのに…」
寿樹は細身ではあるが腕っ節は相当のもので、この辺りのチンピラであれば決して喧嘩を売るような馬鹿な真似はしない相手である。
それを裕司は知っていたから慌てるところもなかったが、知らない成樹にしてみればいてもたってもいられないところだ。
「そんな…寿樹は無事なんですかっ!」
「あ、ああ、心配することは…」
ないだろうと説明しようとしたときには、成樹は既に飛び出していて。
「おい、待てって!」
慌てて裕司が追いかえれば、成樹は真っ青な顔で震えていた。
「あのな、寿樹なら…」
「お願いします! 寿樹のところに…あいつにもしもの事があったら…!」
それは単に弟を心配する兄の姿とは思えなくて。
(なんだ。やっぱり、こいつだって…)
「ああ、連れてってやる。だから、ちゃんとお前も向き合えよ」
その言葉が成樹に聞こえていたかは不明だが、裕司はとにかく寿樹がいるはずの公園へと成樹を連れていった。






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初出:2007.10.14.
改訂:2014.10.05.

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