暁に見る夢 19


大前から連絡を受けた公園に裕司と成樹が来たときには、既に寿樹の前に立っているのは兄貴分らしい男一人だけだった。
そんな状況の中で、
「あらぁ〜。裕ちゃんじゃないのぉ〜。やっぱりトシちゃんの勇姿を見に来たのぉ?」
そんな野太い声で裕司に声をかけたのは、あのナンシー・ママで。流石の裕司も一瞬怯みながら、言葉を返した。
「よ、よぅ、ナンシー。アンタも来てたのか」
「ええ、トシちゃんの勇姿が拝めるんですものv。当然でしょう?」
そう言われて様子を見れば、確かに寿樹の方は息一つ乱していない。
「…相変わらずだな、あいつは」
「そうよねぇ。ウフフ、ホントにス・テ・キv」
細身の寿樹の姿からは想像しがたいが、本来、天性とでもいえる喧嘩っ早さで、恐らく一方的にやられてしまった男達の方でさえ何があったか理解していないだろう。
そのことは、地元の人間ならよく知っていることで。
だから、この辺りの人間であれば、寿樹に喧嘩を売るような真似はまずしないものだ。
しかし、
「裕司さんっ! 止めてください。寿樹が…寿樹にもしものことがあったら…」
そんなことは全く知らない成樹にしてみれば、どう考えても寿樹の方が不利にしか見えないだろう。
実際に、相手は身長もやや大きければ、横幅など軽く寿樹の倍以上はありそうで。
まるで相撲取り相手に子供が戦っているようなものだ。
だが、
「あらン、心配しなくても大丈夫よぉ。トシちゃんは本当に強いんだからぁ」
そうナンシーが教えても、にわかには信じられるはずもない。
ましてや、真っ赤なドレスに食い入る編みタイツといういでたちのナンシーの姿に、驚く余裕さえ成樹にはないほどで、
「裕司さんっ!」
「まぁいいから。ちょっと見てろって」
そう言って宥めても、成樹はガタガタと震えるばかりだ。
おそらく、こういった暴力沙汰には慣れていないのだろう。だから根源的な力の恐怖というものには恐れを隠しきれないのだ。
しかし、
「くそう…優男が、ふざけやがって!」
周りの観客が、どうやら自分がやられるところを待ち望んでいると感じ取ったらしい男は、とうとう逆ギレしたらしく、胸のポケットからバタフライナイフを取り出すと、寿樹に向かって切りかかってきていた。
その時、
「寿樹っ!」
成樹の名前を呼ぶ声が寿樹の耳に届いて。
その姿を見つければ ―― 咄嗟に寿樹の顔色が変わった。
(な…んで? まさか…)
無謀にも飛び出そうとした成樹の身体は、幸い裕司が抑えていたから無事である。
だがそれさえも振り払おうと暴れる成樹の右手に、赤く染まったハンカチが見えた瞬間、寿樹の余裕は消え去った。
「…ったく、邪魔なんだよ、お前なんかっ!」
咄嗟に成樹に視線を取られていたために、最初の一撃は躱し損ねてスーツの胸元を切られた。
だが、それはあくまでも服の布一枚のことで、すぐに二撃目はヒラりとナイフを躱して、その手を思い切り蹴り上げる。
そしてバランスを崩した男のみぞおちに正拳を叩き込むと、更に回し蹴りの要領で自分の二倍はあろうかという巨体を蹴り飛ばした。
「うぐっ!」
鈍い音がして、無様に男の身体が地面に転がる。
その一瞬の出来事には流石に見ていた観客達も息を飲んだが、やがて
「相変わらず、見事ねー」
ナンシーの惚れ惚れとしたような声を合図にするように、わぁーっと歓声が上がって、誰もが寿樹を褒めたたえていた。
ところが、
「兄さんっ!」
男達に絡まれたときでも不敵な笑みを崩さなかった寿樹が、まるで泣きそうな顔で駆け寄ってくる。
そして、
「どうしたんだ、これっ!」
「え?」
咄嗟に何が起きたのかも判らずにただ目の前の一瞬の出来事にぼうっと佇んでいた成樹は、そう言ってつかまれた右手をぼんやりと見た。
そこには、さきほど落としたグラスで切った手の平があって。
止血だけして慌てて出てきたところを、先ほど裕司に止められながらも暴れたために傷口が少し開いたらしい。
不思議と痛みは感じないが、寿樹につかまれたところだけが妙に熱い。
「もしかして…さっきの? 俺の…せい?」
そう言ってオロオロと今にも泣きそうな顔で心配する姿は、到底たった今、大の男3人を伸した本人とは思えないくらいだ。
全く、これがたった今大立ち回りをやってのけたヤツかと思うほどで。それだけに、寿樹の成樹を思う気持ちが思い知らされる。
だから、
「…二人とも、今日はもう上がれ。先輩には俺から言っとくから、寿樹はちゃんと成樹の手当てをしてやれよ」
そう言って裕司が立ち去れば、残った二人は暫くその場に立ち止まっていた。






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初出:2007.10.14.
改訂:2014.10.05.

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