暁に見る夢 21


「お前に俺をやる。その代り…お前も俺だけのものだ」
一瞬何を言われたのか判らなくてただ目を見張るばかりでいたら、視界の全てが成樹だけになっていた。
しかも口唇には柔らかくて温かい感触があり、胸元を掴んだ腕からは不安げな震えが伝わってくる。
決して慣れているとはいえない拙いKiss。
しかし、寿樹には眼も眩むような甘美なもので。
「兄ちゃ…」
その感触が静かに離れ、恥らうように朱に染まった成樹の表情を見た瞬間、寿樹は今まで抑えてきていた感情の箍が外れたことを感じていた。
「 ―― っ!」
引き寄せて?き抱けば細い身体はすっぽりと寿樹の腕の中に納まってしまって。
大事な宝物のように抱え込みながらも貪る様にその口唇を奪い舌を絡めれば、どちらのものかも判らない唾液が顎に伝わっていた。
「…ぁっ…ん…」
おそらくこういった行為には慣れていないのだろう。
飲み込むどころか息もつげないでいる成樹の表情はやや苦しそうだったが、それでも口腔を侵すことは止められなかった。
滴る唾液も零れる吐息も、何もかもが甘くて愛しくて。
そのすべてを自分だけのものにしてしまいたくて ―― 止められない。
そうして何度も何度も角度を変えながら口腔を貪ると、慣れない成樹の身体はくったりと力を失くしていった。
無意識に寿樹の胸元をつかんでいた腕も、今はただそこにかかっているというだけのように力を失くしていて。
トロンと潤ませた瞳も、まるで何もかもを自分に委ねてくれているような様子だった。
だから ―― 今なら、このまま我が物とすることも容易いだろう。
でも、そんなことをして成樹を傷つけることだけはしたくなかったし、逆にその無防備さが怖くなった。
今はこの状況に流されているだけなのかもしれない。
あとで我に返ったときに、酷く罵られたり後悔するかもしれない。
そうなってももう手放す気などは全くなかったが、成樹に弾劾でもされたら、絶対に自分は立ち直れないだろうということはわかっていた。
だから、
「いいの、本当にいいの? 兄ちゃん…」
「とし…き…?」
「俺にくれるって…どういうことか判ってる? 俺たち、男同士だし、兄弟だよ?」
おかしな話で、男同士で兄弟でだなんて、そんなもので自分が止められないことなど判っているのに、思いもかけない言葉を成樹から聴いてしまった瞬間から、寿樹は自分が生まれて初めてと言えるほどに臆病な気持ちになっていた。
そう、今更男同士だとか兄弟だとかということが問題なのではない。
成樹に拒絶されることが怖いのだ。
ましてや、一度手に入れたと想った後に翻されたりでもすれば、きっと自分は成樹に酷いことをするだろうと確信していた。
それこそ両手両足を拘束して、このままこの部屋に閉じ込めて。
誰にも合わせず、誰にも見せず、朽ち果てるその瞬間まで一緒にいようと。
しかし、
「…いいんだよ、寿樹。俺はもう覚悟を決めたから。ただ…」
成樹は包帯を巻いた右手をゆっくりと寿樹の頬に当てると、
「ただ…俺は臆病だから。ちゃんと寿樹のモノにして欲しい。寿樹のモノだって感じさせて欲しいなって…」
恥ずかしそうに俯いたどんなに小さな声でも、寿樹が聞き逃すことはない。
「あと…これからは名前で…呼んで欲しい。兄としてじゃなく…」
そう言って見上げた成樹の表情は、どんなときよりも綺麗で。
初めて聞いた成樹からのお願いに、寿樹も今までにないほどの笑顔で答えた。
「…そうだね。愛してるよ、成樹」
「俺も…寿樹…」
そう嬉しそうに見上げる成樹に、誓いのキスを贈った。






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初出:2007.10.20.
改訂:2014.10.05.

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