Tears 04


一学期は駆け足で過ぎ去り、季節はまもなく梅雨明けから初夏へと向かっていた。
桜ヶ丘学園では一部を除いて一学期一杯で三年生は部活や委員会から引退になる。
そのため七月早々の期末テストが終わると生徒総会が開かれ、そこで新しい予算の成立と各部活・委員会の長の承認が行われる。
唯一の例外が生徒会で、これだけは三月末までの任期となっていた。
この日は期末テストの最終日で、翌日はテスト休みである。
休みが明ければ答案返却の授業と生徒総会、あとはクラス対抗の球技大会ぐらいで一学期の終業式となる。
結局、例の噂は気が付くと立ち消えとなっていた。
しかし来週末に総会を控えているため既に予算案は各部や委員会に連絡済であり、野球部は無事に存続しているが予算案では若干の減額は免れなかった。
それは今年度の新入部員が激減していたからであるのだが、前部長である名取にしてみれば面白いはずが無い。
「ま。仕方が無いよな。あんなことがあっちゃあ、一年生だって入りにくいと思うし」
「部員数が減ってるのにこの予算なら、確かに去年よりは少なくいけど、十分やっていけると思いますよ」
「そうそう、ま、がんばってやりくりしてくださいよ」
不服申し立てに来た名取に対して、生徒会役員の言葉は感情を逆撫でしているようなものである。
尤も、それが事実であるから反論のしようも無いのだが。
野球部の前部長である名取は祖父の代からの都議会議員の一家で、物心ついたころから大人たちにちやほやされて育っていた。
そのためなんでも思い通りにやってきたのだが、流石に上流家庭のオンパレードといわれる桜ヶ丘学園に来ては一般学生となんら変わりは無い。
ましてや元首相の孫で成績も運動面でも優秀な尚樹とは比べ物にもならなく、それが気に入らなくて、なにかと反発しているのも事実であった。
「とにかく、実績を示すことだな。甲子園でも行くことになれば補正予算ってこともあるしな」
永森がそう言うと、名取は悔しそうに睨みつけ、それでもすごすごと生徒会役員室を後にした。
この間、会長である尚樹も同席はしていたが、総会の資料確認のため、パソコンの前に陣取ったまま一切口はきいていない。
「あれで大人しくしてると思うか?」
「いーえ、賭けてもいいですよ」
会計の三田村 渉(3C)と書記の草嶋和行(2B)が楽しそうに盛り上がっている。それを窘めもせず慶一郎が尚樹の前に座ってきた。
「名取は狂犬だぞ。このまま黙ってるとは思えないな」
名取の評判はあまり好ましくない。親の威光を笠に、裏では援交のピンハネやら下級生への恐喝などの噂もある。
それを尚樹が放置しておいたのは、名取の父親が尚樹の祖父の会派の一員であり、現在までのところは使える立場にあったからにすぎない。
ただし、子供が子供なら親もという見本のように、名取議員の噂も芳しいものではないのも事実であった。
「そうだな…」
「そうだなって…今回は随分と悠長じゃないか? ど…」
どうしたんだと聞きかけたところで、和行に引っ張られた。
「今は何を言ってもダメだって」
半ば呆れ顔で和行が忠告する。それを見て、永森がとっさに思いついた。尚樹が全てを放り出して精彩を欠く原因と言えば ――
「あ…また、克己さん関係か?」
「そういうこと。しかも、今回は今まででサイコーの大ピーンチ!」
他人のいざこざは自分の楽しみと公言する和行がふざけてそんなことを言い出せば、
「実はさ、この前、歌舞伎町でヤクザの若組長がチンピラに刺されたんだけどさぁ…」
と言い出したのは、渉だった。
渉の父親は小説家で、取材と称して色々なところに出かけることが多いため裏社会にも顔が広い。その影響か、渉自身も物心ついたころから裏社会に精通しており、しかも天性の喧嘩師と来ている。夜の歌舞伎町などは自分の家の庭のように熟知していた。
「その組長サンを助けて匿ってるの、誰だと思う?」
「まさか…克己さんが?」
「そういうこと。しかもかれこれ十日近くなるんじゃないかな?」
克己の性格なら判らなくも無い。医者と言う職業上も放って置けなかったのだろう。
桜ヶ丘学園のOBである克己は、何度か例年文化祭に来たりしているため、慶一郎達も顔見知りである。
その彼らの目から見ても克己は9歳も年上には思えないほど無邪気で、寝首を掛かれるという言葉を知らないとしか思えないほどの無防備である。
それにも関わらず今まで特に問題が起きなていないのは、五十嵐家の包囲網もさることながら、余りに綺麗過ぎるゆえに誰もが手出しを控えてしまうせいかもしれない。
―― RRR…
不意に、尚樹の携帯がコールを告げた。
「はい…なんだ、政樹か。何の用だ? え…わかった。すぐに帰る」
携帯を切ると早々に帰り支度を始める。そして、
「一通りの確認はした。弥生、データを広報に渡しておいてくれ」
「判ったわ。お疲れ様」
「じゃあ、先に帰らせてもらうが…」
「判ってるって、どうせ…なんでしょ?」
政樹からの電話で帰りを急ぐと言うことは ―― 理由は想像がつく。それは生徒会役員全員が察知することで、誰も異議は立てないというか、立てられない。
「ま、これで尚樹の機嫌が良くなってくれれば、問題ないもんな」
ふと呟く慶一郎の台詞に、その場に残った役員全員が無言で頷いていた。






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初出:2003.04.05.
改訂:2014.09.28.

Silverry moon light