Tears 05


正門前まで来たところで、見知った顔がニコニコと微笑んでいるのに気が付いた。
「尚樹センパイ、お久しぶりです」
やや長めの黒髪に白皙の美貌。一見して日本人形のような和風美人であるが、人形と明らかに違うのは強烈な活力を思わせるその瞳。
「郁巳か、久しぶりだな」
「いつも姉貴がお世話になっています」
「フン、心にもないことを言えるようになったんだな」
「ひどいなぁ、全く…」
川原郁巳。生徒会役員、川原弥生の弟である。
かつて弥生と付き合っていたことがある尚樹は、郁巳とも顔見知りであった。
川原家は代々人間国宝の称号を受けている日本舞踊の家元で、弥生も郁巳もその教えを受けている。
そのため黙って立っていれば繊細な日本人形を思わせる美貌の姉弟であるが、一言口を聞けばマシンガンのような毒舌の応酬になる上に、姉弟とも合気道の有段者であるため、その見かけに騙されて病院送りになった人間は両手に余ると言われている。
「そうそう、野球部の件、穏便に済みそうですか?」
「お前には関係ないだろう?」
「そうでもないんですよ、ほら」
何気に郁巳が親指を立てて昇降口を指差す。その先には、慌てて走ってくる祐介の姿があった。
「おせぇーよ、祐介。何やってたんだよ」
「ごめん…って、今日の掃除当番、郁巳じゃないか! 女子に捕まって、代わりにやらされたんだからねっ!」
「あ、そうだっけ? 悪かったな」
いけしゃあしゃと嘯く郁巳に呆れて、ふと尚樹に気が付く。途端に祐介の頬が紅潮して、態度が改まった。
「この前は…済みませんでした。服、汚しませんでしたか?」
「いや、気にしなくていいよ。そうか、郁巳と同じクラスだったんだな」
今更ながら確認する尚樹。そんな二人を見て、郁巳は意味ありげな笑みを浮かべて割り込んでくる。
「なになに〜? 何かあった訳?」
「べ、別に大したことじゃないよ」
と言いながら、祐介の頬は何故か赤い。
あの日 ―― 野球部の予算カットの話をした後、教室を飛び出した祐介が戻ってきたのは、午前の授業が終わってからだった。
戻ってきたときは落ち着いているように見えたが、目に若干の泣いた跡に気が付いたのはクラスでも郁巳だけである。
無論、抜け目の無い郁巳であるから、祐介が授業をサボった時間、尚樹もまたクラスにいなかったことは弥生に確認済みだった。
つまり、祐介が尚樹と一緒にいたということは知っていて、そこで何かあったということも ―― 。
「大したことじゃないって、やっぱり何かあったんだ。う〜ん、じっくり聞きたいなぁ。尚樹センパイ、これからメシ食って映画でも見に行こうって思ってるんですけど、ご一緒しません?」
「ちょっと、郁巳…」
ますます頬を染める祐介に、郁巳が強引に話を進める。しかし、
「悪いな、先約があるんだ。それじゃあ、またな。唐沢君も友達は良く選んだほうがいいぞ」
「ちぇっ、残念。でも、次回は逃がしませんよ」
流石の郁巳も尚樹が相手ではさらりと交わされてしまう。颯爽と歩き去る尚樹を惜しそうに見送って、ふと祐介を見た。
「…どうした?」
「え? あ、なんでもないよ。僕たちも早く行こうよ。お腹空いちゃった」
郁巳には、一瞬、尚樹を見送る祐介が、ひどく寂しそうに見えていた。



駅前のファーストフード店で軽く食事をして映画館へ向かう。
その間も祐介ははしゃいだように見えて、実はそうでもないことを郁巳は感じ取っていた。
その理由は ―― 何となく、気づいてしまう。
(ホント、判りやすい性格だよなぁ、祐介って)
日本舞踊の家元という環境に育った郁巳は、物心着いたときから基礎を叩き込まれてはいたが、芸は習うものではなく盗むものという両親の教えもあり、観察眼は人一倍鍛えられている。
おかげで洞察力が鋭く、大抵の人間なら一目見ただけでどういうタイプの人間かということが手に取るようにわかるようになっていた。
そんな郁巳に掛かれば、祐介の内心など本人以上にわかってしまうものだった。
「最後のどんでん返し、結構おもしろかったね」
「そうだな、何か、それはないだろうって気もするけど」
「まぁ、お約束っていえばお約束かなぁ〜?」
有名女優を母に持つ祐介であるから、チケットなども安く手に入ったり貰ったりできるので、映画はよく見るらしい。
今日もタダ券があるからと祐介から誘われての映画鑑賞であったが、一見、楽しそうに見えて時折ふと物思いに更けていた事を郁巳は気が付いていた。
なので、
「それにしてもアツイな。俺が奢るからさ、ちょっと付き合わない?」
「え? いいけど、どこに行くの?」
「いいから付いてきなって」
梅雨明けまで秒読みの時期のお昼過ぎといえば、湿度と気温が入り混じって不快指数を一番押し上げる時刻である。
郁巳は『NOCTURNE』と看板の出ているカフェバーに足を向けた。






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初出:2003.04.05.
改訂:2014.09.28.

Silverry moon light