Tears 09


テスト休みが明けると、季節は一気に夏へと向かっていた。もはや梅雨明け宣言してもいいのではないかと思わせる青空。
気温は日中の太陽を追いかけるように上昇して、じりじりと照りつける。
桜ヶ丘学園高等部では、終業式までの残り時間をクラス対抗球技大会と言うイベントですごすことになっていた。
種目は、男女別に野球(女子はソフトボール)・バスケットボール・バレーボール・テニス・サッカーの5種目である。
無論、部活に入っているものはそれ以外の種目で、原則全員参加となっていた。
その中で、尚樹は毎年テニスで参加している。
理由は簡単。
5種目の中で唯一、チームプレーを必要としないから。
何せ二期連続生徒会長と言う尚樹である。
クラスメートも気が引けて、とてもチームプレーなど期待できない。
尤も、テニスになると今度は対戦相手が萎縮して、とても試合にはならないのだが。
「お疲れ様。楽勝ね」
最終日の最終試合 ―― つまり決勝戦が終わってコートを出ると、同じクラスの弥生が待っていた。
一応タオルを尚樹に渡すが、実は尚樹は汗一つかいていない。そのくらいのストレート勝ちである。
「これから3Cのサッカーの試合があるんだけど、見に行かない?」
3Cと言えば政樹や渉のクラスである。あの二人は何故か馬が合うらしく、しかも三年間同じクラスであったため、例年コンビを組んで観客を沸かせていた。
「珍しいな、お前が試合観戦なんて」
どちらかというと冷めた印象の強い弥生である。人付き合いが悪いとは言わないが、好んで混雑の中を行くタイプではない。
「まぁね。相手が1Dなのよ。郁巳もサッカーに出るって言ってたから」
弥生はちょっと照れたように微笑んだ。顔を合わせば口ゲンカの絶えない姉弟であるが、弥生にとってはやはり可愛い弟なのだろう。
「そうか、じゃあ、俺も見に行くか」
「ふふっ…弟対決ね? 郁巳に負けるなって言っておかないと」
どこか楽しんでいるような弥生に、尚樹は苦笑して見せた。



クラス対抗球技大会はトーナメント方式を取っているため、最終日ともなると選手よりギャラリーの方が多くなる。
それでなくても校内人気ランキング上位を常にキープしている政樹と渉が出るサッカーは、特にギャラリーが多い。
「…なんか、すごくない? この観客数」
流石に圧倒されて、祐介が呟く。
しかし、
「何で? いいじゃん、こういうの。俺、どっちかっていうとギャラリーが多いほうが好きなんだよね」
幼い頃から日本舞踊を習い、人前に出ることに何の抵抗もない郁巳は、却って気合が入りまくっている。
祐介自身、野球をやっていた頃は応援がうれしかったのは覚えている。
しかし大好きな野球で夢中になっていたから気にならなかったと言うのもあるし、そもそも野球から離れて二年近くがたっている。
慣れないサッカーということも在る。
更にギャラリーの殆どが上級生で、相手チームも優勝候補と名高い三年生である。とても郁巳のようには行かないものである。
「あれ? 姉貴じゃん、応援に来てくれたの?」
気合十分の郁巳が、祐介の背後に見知った顔を見つけて声をかけた。同じ学校にいても殆ど校内では話もしない姉の弥生である。
そして、
「たまには、ね。可愛い弟の勇姿でも見させていただこうかと思ってね」
「まっかせてよ。政樹センパイには負けないよ」
「それは大した自身だな」
耳に心地よい、落ち着いた低い声 ―― 。
その声に気が付いて、祐介が慌てて振り返ると、そこには弥生より、頭一つ分は大きい尚樹が立っていた。
「尚樹センパイは今年も優勝したんでしょう?」
「まぁな」
「いやぁ、残念だったなぁ〜。準決勝までは、祐介と応援に行ってたんですよ。決勝戦も見たかったんですけどね。なぁ、祐介」
「え? あ、ああ…」
妙に自分の名前を強調された挙句、突然郁巳に肩を組まれて、祐介は顔を赤らめた。
「それは気が付かなかった。唐沢君も応援しにきてくれたのか?」
尚樹が意外そうに言うのを、郁巳が応える。祐介は ―― 咄嗟のことで声も出ない。
「もっちろんじゃないっすか。もう、センパイも冷たいんだから…。だから言ったろ? こそこそしないでおおっぴらに応援しようぜって」
郁巳の後半の台詞は祐介に向けられている。
それを祐介は真っ赤になって、
「もう、ちょっとやめてよ、郁巳…」
「なぁに照れてんだよ。センパイの大ファンなんですよ、こいつ。唐沢君なんて言わないで、祐介って呼んでやってくださいよ」
「ちょっと、郁巳ってば…」
郁巳の腕の中で祐介が抗議の声をあげるが、そんなことを気にする郁巳ではない。
まるで子猫の兄弟が仲良くじゃれているといった感じである。
愛想は良いのだが、幸洋以外の人間とは浅く広くの付き合いしかしなかった郁巳である。
こんなに祐介と仲がいいとは、尚樹には多少意外だった。
「この後の試合、祐介と俺はフル出場ですからね。絶対、応援してくださいね」
「ああ、わかったよ」
じゃれながらもどこかうれしそうな祐介に、郁巳も気分がいい。
そんな仲のよさそうな二人をあとに、尚樹は応援席のほうへと向かっていった。
そんな光景を、全く違う視線で見ている者がいるとも知らないで ―― 。



3C対1Dのサッカーは中々の好試合だった。
流石に体格の差があるため、どうしても3Cの方が優勢ではあるが、それを逆手に取ったカウンター狙いというのが1Dの策らしい。
特に後方に下がったときの祐介は先読みがうまく、ちょっとした隙をついてはトップで待っている郁巳にパスを送っている。
「行くよ、郁巳!」
「ナイス。祐介!」
今のところ、1−0で3Cが勝っている。流石に体格の差は如何ともしがたく、幾ら郁巳や祐介が奮闘しても、競り合いになれば一歩譲るところがあった。
それでも、3Cのほうも追加点が上げられず、観客の声援もヒートしている。
そ、その時、
「…尚樹」
ふと、弥生が肘で合図した。
ギャラリーの背後に、雰囲気の違う数人の集団がいた。その中心にいるのは、あの名取である。
普段の授業でさえサボりがちな名取である。炎天下のサッカー観戦などするタイプではないのに、あのニヤニヤした笑みは ―― ?
ふと尚樹に一抹の不審感が浮かぶ。
と、その時、
「あっ ―― !」
―― ピピーッ!
ギャラリーが一斉に声を上げ、中盤の選手の動きが止まる。
輪になって集まる選手の中心に、倒れた少年が二人。
しかし、一人はなんでもないようにすぐに立ち上がったが、もう一人の少年は ―― 。
「おい、大丈夫か?」
「誰か、保健の先生呼んでこい!」
「祐介!」
ゴール前から郁巳が叫び、駆け寄っていく。
そこへ、
「俺が病院に連れて行く。郁巳、あとで荷物をもってこい」
審判役の教師よりも先に駆けつけた尚樹は、そう言うと祐介を軽々と抱き上げた。






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初出:2003.04.17.
改訂:2014.09.28.

Silverry moon light