Tears 12


祐介の治療には時間が掛かるからと言われ、尚樹は一度家に戻っていた。荷物のほうは弥生と郁巳が病院まで届けていてくれたため、ついでに二人に自分が戻るまでの待機も頼んである。
戻ったついでに自分のパソコンでメールをチェックすると、既に和行からメールが入っていた。
それを確認して、手早くメールを数件送り、パソコンの電源を切る。
そして、すぐさま病院へと戻った。
「早かったのね。今、ちょうど克己さんが診察されてるわ」
読んでいた本を閉じ、弥生が帰り支度を始める。
「そうか、何か言ってたか?」
「どうやら骨にヒビが入ってるみたいよ。克己さんから、ギプスをすることになるから、荷物持ちの手配をよろしくって」
「ということで、お願いしますね!」
祐介の荷物を持っていた郁巳が、すかさずそれを尚樹に渡す。
「お前、クラスメートだろ?」
「そうですけど…俺は姉貴の荷物持ちをしなきゃなんないんで」
見れば本人と、弥生の学生鞄が足元においてある。
この状況で、弥生に『自分の鞄くらい自分で持て』などと言える者は ―― 尚樹も含めて ―― 1人もいない。
「…わかった」
深いため息とともに納得する。そんな尚樹を興味気に見ながら、弥生は思い出したように鞄から一通の封筒を出した。
「そうそう、忘れるところだったわ。これ、深山君からのラブレター。『一人で見てね』ですって」
「深山から?」
深山と言うのは広報委員会の委員長で、尚樹の情報源の一人である。ある意味では尚樹以上にウラのある人間であり、『ラブレター』などといわれても怪しいものである。
弥生と郁巳を見送って、その『ラブレター』の封を切る。そして、
「ふん、流石、広報委員長。先読みが早いな」
尚樹はニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。



祐介が待合室に向かうと、そこには尚樹が待っていた。
「やっぱり、骨にヒビが入ってたのか…?」
華奢な祐介の肩には固定のためのギプスがはめられ、見た目にも痛々しさが伝わってくる。
しかしあいかわらず祐介はニコッと微笑むと、
「すみません、ご心配をおかけして。もう大丈夫です。痛みもなくなりました」
そういって頭を下げた。
「そうか? まぁ、無理はしないでくれ」
「大丈夫です。一応、痛み止めの薬も頂きました。それより生徒会長にはすっかりお世話になってしまって…」
心から申し訳なさそうに頭を下げる祐介に、尚樹は軽く苦笑した。
「それこそ気にしなくていいよ。じゃあ、帰ろうか? 送っていくから」
郁巳が置いていった祐介の荷物を持ち、尚樹が歩き始める。一瞬、驚いて立ちすくんだ祐介が、慌てて後を追いかけた。
「え? 生徒会長が…ですか?」
「ああ、その肩では、荷物がもてないだろう? 郁巳にも頼まれたしな」
「郁巳が?」
何となく想像が出来て、祐介は深くため息をついた。
(郁巳のお節介! 全く…。大体、あの人が相手じゃあ、僕に勝ち目なんてないのに…)
祐介を診察してくれた医師、本条克己。
あまりにも綺麗で、優しくて、たった数分の話しか出来なかったけど、誰からも愛される人だということがすぐにわかった。
当然、尚樹にも ―― 。
「先輩。大丈夫です。一人で帰れますから」
「いや、今日のことをご家族に説明すると言うこともあるからな。それとも、迷惑か?」
「そんな、迷惑だなんて! あ、じゃあ…お願いします」
本当はうれしいのに、つい一歩引いてしまうのは肩を壊してからの祐介のクセである。
周りから腫れ物に触るようにされてきたため、どうしても迷惑をかけているという強迫観念にさらされて、つい引いてしまうようになっていた。
元々なんでも出来ることは自分でやってしまうという性格なので、人にものを頼むと言うことが苦手であるのも事実である。
だからこそ、強引なタイプには弱いのかもしれない。
「じゃあ、タクシーを拾って来よう。ここで待っていてくれ」
そういうと尚樹は颯爽とタクシーを呼びに向かった。その後姿を見送った祐介は何となくうれしさを隠しきれないでいた。






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初出:2003.04.19.
改訂:2014.09.28.

Silverry moon light