Tears 12


祐介の自宅では既に学校からの連絡を受けていた両親が祐介の帰宅を待っていた。
「五十嵐さんには本当にお世話になったみたいですね。ありがとうございました」
物腰が柔らかく、笑顔が優しい感じを印象付ける祐介の父、邦彦が頭を下げる。その態度からは、巷で敏腕弁護士と言われているとは思えない。
尚樹は祐介が怪我をした状況と診断結果を簡単に話すと、邦彦に祐介の荷物を渡した。
「…ということで、それでは、失礼します」
「よかったら、もう少しごゆっくりされたら?」
「いえ、どうぞお気遣いなく。タクシーを待たせてますので」
「そうですか、それは残念ね」
祐介の母は女優の工藤繭美である。清純派・癒し系女優として名高い彼女は、テレビや映画館で見慣れていたが、直接見るとやはりどこか祐介に似ていた。
ただ職業柄か繭美の方が人懐っこい、開放的な性格に見えた。
「明日は、郁巳に迎えに来させよう。その方が唐沢君も気が楽だろう?」
「え? あ、はい」
「無理はしないようにな。何かあったら病院に連絡してくれ」
優しく微笑みかけて、尚樹は祐介の頭を軽くなでた。そして、
「では、失礼します」
そういってもう一度頭を下げると、待たせていたタクシーに乗り込んでいった。それを角を曲がって車が見えなくなっても、呆然と祐介が見送っている。
「祐クン?」
家に入ろうとした邦彦が、不思議そうに息子を眺めた。見れば、祐介は頬を赤らめて自分の頭に手を当てている。ちょうど、尚樹がなでてくれた頭を。
「ステキね、五十嵐君って。生徒会長ってだけあって、カッコいいわね。学校でもモテるんでしょう?」
「うん」
繭美に声を掛けられても、どこか空ろに応える。
「彼女とかいるの?」
「今はいない…みたい」
「そう、じゃあ、祐ちゃん、がんばってね」
「うん…って、何を?」
「やっだぁ、ママにそんなことまで言わせる気?」
バン!と背中を軽く叩いて、繭美は照れたように家に戻りかけた。
「ママ、あんな格好いい人が祐ちゃんのダンナさまだとうれしいわぁ。祐ちゃんを任せても、安心できるし」
「な、何言ってんの?」
咄嗟に繭美が何を言ってるかわからず、祐介は真っ赤になって我に返った。
「まぁ、レンアイは自由だし。パパは可愛いお嫁さんも良かったんだけど、祐クンが可愛いお嫁さんでもいいかな」
「そうよ、祐ちゃんは私に似て可愛いもの」
「やっぱり結婚式は教会かな?」
「そうね、良かった、私のウエディングドレスとっておいて。」
「祐クンのドレス姿か…ママに似て綺麗だろうなぁ〜」
「あったりまえじゃない、私の息子ですもの〜」
何か異様に盛り上がっているラブラブ夫婦に、祐介は頭を抱えた。
祐介の両親はこういう性格なのである。
繭美は子役の頃から芸能界にいるためそういう関係にも開明的であるし、邦彦も職業柄、世の中には色々な性癖の人がいるということに嫌悪はない。
しかし、
(はぁ…やっぱりうちの親だよ。一人息子が同性に走っても…面白ければいいわけ?)
ある意味、前途多難を感じた祐介は、これ以上の醜態をさらすまいとさっさと家に入った。



一方、待たせていたタクシーに乗り込んで、尚樹が向かった先は自宅でも学校でもなかった。
大久保の表通りを一本裏に入った場所に立つ、派手な外装の低層マンション。
住人の多くはこの近隣の繁華街に仕事を持つため、夕方から深夜にかけてが最も人気がない。
また、職業柄か表札を出している部屋も殆どなく、そんな一室のチャイムを尚樹が押した。
「いらっしゃい、みんなお待ちかねだよ」
相手も確かめずにドアを開けたのは、和行であった。相変わらずのラフな格好 ―― 素肌に制服の開襟シャツを第三ボタンまで外している。
窓からは繁華街のネオンが飛び込むリビングには、既にいつものメンバーが揃っている。
生徒会副会長の永森慶一郎
この部屋の主人で会計の三田村 渉
書記の草島和行
そして、広報委員会委員長の深山潤一郎
このメンバーが、尚樹の最強手駒である。
「祐介クンの具合はどうだって? やっぱり骨にヒビが入ってたって?」
潤一郎が飲み物を作って尚樹に渡しながら尋ねる。
「ああ、全治一ヶ月ってとこか」
「あ〜あ、可哀想に。折角の夏休みを…」
尚樹の隣に座った和行が、心底哀れんだ声をだしたが、それを慶一郎は、
「ま、その分、尚樹が構ってやればいいさ。いやぁ〜中々カンドー的なシーンだったよな」
尚樹が祐介を抱き上げたときのことを言っているのは明白である。
「うんうん、絵になってた」
「写真とってあるぜ」
「うっそー、マジ? 焼き増ししてくれ!」
「1枚500円」
「げ、金取るのかよ…」
潤一郎と渉が盛り上がる中、尚樹は全く仕方がないという表情を見せた。
「お前ら…それより、そっちの調べはどうなってる?」
「あん? ああ、そうそう、祐介君にぶつかったヤツ ―― 清水っていうんだけど、どうやら名取に脅迫されてたらしいぜ」
それまでふざけていた渉が、まじめな顔で答えた。
「ヤツの実家はスーパーのチェーン店やってるんだけど、この不況であまり経営がうまくいってないらしい。それで…」
「『唐沢に怪我をさせれば、親父に言って銀行から融資させる』って言われたってさ」
渉とともに清水から話を聞いていた潤一郎が後を繋ぐ。
「尤も、そんな約束、守られるわけもないだろうがな」
「同感」
潤一郎の意見に、和行が諸手をあげて同意する。そして、
「で、どうする気だ? 尚樹」
全員が指示を待つように尚樹を見た。






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初出:2003.04.24.
改訂:2014.09.28.

Silverry moon light