Tears 14


利恵が出かけた後、自分も千秋とのデートがあった政樹は、待ち合わせの駅への道を急いでいた。
その途中の近道である五十嵐病院の敷地内を突っ切ると、丁度病院から出てきた祐介に逢った。祐介の肩のギプスは既になく、どこか晴れ晴れとした感じが見てわかる。
「あ、ギプス外れたのか? 良かったな」
尚樹と同じ顔 ―― 双子なのだから当然と言えば当然 ―― に声を掛けられて、一瞬、祐介がビックリしていた。
しかしすぐにそれが政樹であると気がついた祐介は、
「はい、政樹先輩…ですよね。ご心配をおかけしました」
礼儀正しくお辞儀をする姿に、政樹のほうが恐縮する。
「いや、そんなに丁寧に言われるほどじゃないよ。それにしても、よく尚樹と区別がつくな。結構、間違えるヤツ多いんだけど」
尚樹と政樹は一卵性双生児である。顔の作りも瓜二つなら、身長や体格といった後天的なものも瓜二つであった。
両親や克己、それに政樹の恋人の千秋ならともかく、生徒会の連中でさえたまに間違えることがあるらしい。
ところが、
「そうですか? 全然違うと思いますけど?」
何で間違える人がいるのだろうという表情に、政樹が呟いた。
「う〜ん、やっぱり愛の力かな?」
「え? 何か言いました?」
「いや、何でもないよ」
と誤魔化しながら、何気なく祐介を見て改めて確信した。
(やっぱり、ちょっと克己兄さんに似てる…よな?)
容貌はもちろん全く違うが、華奢な身体つきに子供っぽい仕草といった、もって生まれた雰囲気がよく似ているのだ。
なによりもあどけない微笑が印象的で、尚樹のようなタイプから見れば保護欲をそそらずにはいられない。だから尚樹が構うのかと思うと、少し罪悪感を感じずにはいられなかった。
所詮、尚樹にとっては克己の代わりなのではないかと言う気がして ―― 。
「ギプスが外れたこと、尚樹には言ったのかい?」
何となく言った一言に、パッと祐介の頬が赤くなった。
「いえ、まだ…です」
実は、今日の診察でギプスが外れるということは郁巳には伝えていた。その時、折角近くまで行くんだから、ついでに尚樹の家によってそれを伝えがてらデートのお誘いでもして来いとハッパを掛けられた。
当然、そこまであつかましくは出来ない祐介であるから、家に帰ってから電話でもしようぐらいが関の山である。
一方で政樹のほうは、郁巳から祐介が尚樹に気があるということは聞いていた。だから協力してくれとも。
あいにくノンケの政樹には同性との経験がないため、どう協力すればいいんだと言ってやったが、尚樹の名前が出ただけで赤くなる祐介を見ていると確かに協力でも何でもしてやりたくなってしまった。
「なんだ、言ってないのか? じゃあ、丁度いい。今ならあいつも家にいるから、言いに行こうぜ」
「え? あ、あの…先輩?」
細い腕 ―― ちゃんとケガをしていない左手のほう ―― を握って、自宅へと向かう。千秋との待ち合わせに遅れるのは必定であるが、ちゃんと言い訳は考えてあった。
(許せ、千秋。克己兄さんと五十嵐家の平穏のためだからな!)
そして自宅の玄関を開けると尚樹の名前を叫んだ。
「尚樹! 彼女…じゃないか、彼氏…ってのもヘンだな。とにかくお客だぞ!」
余りのことに手首まで真っ赤になって、祐介は立ちすくんでいた。



言うに事欠いてなんて事をと思いつつ玄関まで下りてくると、そこにはつい今さっき、遅刻すると大騒ぎしていた政樹が立っていた。
その背後には、隠れるように祐介が立っており、しっかり政樹が祐介の手首を掴んでいる。
それに気が付いた尚樹は、ひどく冷たい視線で政樹を見た。
「…手を離してやれ。痛がってるだろ?」
「え? ああ、悪い」
視線の鋭さに気が付いて、慌てて手を離す。
久々に見る尚樹の冷たい態度 ―― それは、つい先日まで、克己に言い寄る人間を見るときの視線と同じだった。
(へぇ〜、なんだ、尚樹もやっぱ、気になってるってコトか?)
普段は憎たらしいほどに冷静な尚樹の弱点を掴んだような気がして、政樹は機嫌よく祐介を前に押しやった。
「じゃ、後は任せた」
「え、あ、あの…政樹先輩?」
呆然としていた祐介が我に返ったときには、既に政樹は回れ右をして走り去っていた。残された祐介はバツが悪く、真っ赤になってしどろもどろである。
「あ、あの…病院の前で、政樹先輩に会って…」
何で言い訳まがいのことを言ってるんだろうと祐介は思う。しかし、
「病院? あ、ギプスが外れたのか? 良かったな」
そういって尚樹が頭をくしゃくしゃっとなでてくれると、もう訳がわからなくなっていた。
そんな祐介の様子を見て、ふと尚樹は気が付いた。
「大丈夫かい?」
それが、今まで掴まれていた手首のことだと気がついたのは、尚樹にそっと手を取られてからだった。
「え? あ、はい、大丈夫です」
「でも赤くなってる…政樹の馬鹿力で掴まれたんだもんな。冷やしたほうがいいかもしれない。あがってくれ」
「いえ、そんな、大丈夫です、ホントに…」
取られた手が燃えるように熱い。その熱が尚樹に伝わりはしないかと、祐介はあせっていた。
「ホントに今日はギプスが外れたんで、それをご報告しようと思ってきただけで…」
「それだけ?」
そう聞き返した尚樹の声が、少し残念そうに思えたのは気のせいだろうか? なんとなくそんな気がして、でもそんなはずも無いと思いつつ、祐介は促されるままに尚樹の部屋へと上がっていた。



「ちょっと待っててくれ。今、タオルを冷やしてくる」
自分の部屋に祐介を招き入れて自分は階下へ降りる。そして、携帯で渉に連絡を取った。
「名取の動きは?」
「今、歌舞伎町だ。どうやらここで仲間を集めるみたいだな」
「そうか、何か変わったことがあったら連絡をくれ」
名取の狙いは恐らく自分だろう ―― 尚樹はそう読んでいた。舐めてかかる気はないが、もはや頭脳戦でくることはない、直接危害を加えてくるだろう。その場を利用して学園から追い出すつもりでいた尚樹に、一つ誤算が生じていた。それは、祐介の存在である。
まさか此処まで来て再び祐介に危害を加えるという手はとるまいと思っていたが、今此処に祐介がいる以上、それはありえないとはいえない。
ましてや夏休みで自宅にいることが多い尚樹を狙うには、やはり自宅周辺に現れる確立が高く、そうなれば通院中の祐介に気づかれる恐れもあるということを失念していたのは迂闊だった。
仲間を集めていると言うのも気になる。尤も、それもどこまで集まるかと言う気もしないでもない。
名取礼司という存在は、「名取議員の息子」という肩書きの元にあったのだから。議員の息子だから多少のことは揉み消しが出来るが故の好き勝手だったのが、その肩書きがなくなりつつある今、どれだけの人間が集まると言うものか?
それだけに、それに気が付いたときの名取の逆上も危ういものである。窮鼠猫を噛むの例えもある。
そして今、尚樹の弱点と言えば ――
(祐介に指一本でも触れてみろ。生きてることを後悔させてやる)
そう決意して、その瞬間、尚樹は気が付いた。
自分の弱点がいつの間にか克己ではなく、祐介になっていることに。
祐介を守ることを決意している自分に ―― 。






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初出:2003.04.28.
改訂:2014.09.28.

Silverry moon light